お嬢、すまん
時緒、芽依子、真理子が平沢庵へと到着したのは、昼の熱気もだいぶ冷めた午後六時半のこと……。
「やあ、待ってたよ三人とも」
「うゅ〜ん!」
時緒の好きなヒノキの香りが漂う平沢庵のロビーには
「ティセリアちゃんも来たんだ?」
「シーヴァン君たちと一緒につい今しがた来たんだ」
時緒の問いに、ティセリアの代わりに答えたのは
意外な組み合わせを発見して、時緒は内心、意味不明だが徳した気分になる。
「マしゃナオおじちゃまに絵本をもらったのョ!こんどマコトに読んでもらうゅ〜」
【会津の民話】と記された本を手に、満面笑顔のティセリアは
「ティセリア……ちゃん?ちゃんとお礼は言いました?」
首を傾げて自分を見る芽依子に、ティセリアは「言ったうゅ!」と真顔で頷いた。「言ったよねぇ」と
束の間ーー
「所で
下駄箱でシューズから来客用のスリッパに履き替えた真理子の問いに、
「起きたは起きたんだけど……」
「……?」
「……
時緒の背後で、芽依子が息を呑んだがーー
「ティセリアちゃん!おいらたちは母屋で遊ぼうよ!」
「うゅっ!遊ぶゅ〜!!」
「…………!」
その声は、修二、ティセリア、ゆきえのはしゃぐ喧騒に掻き消され、時緒の耳に届くことはなかった。
****
途端ーー
「あら、来たわね」
「トキオ……マリコさんにメイコさんも……」
文子、シーヴァン、カウナ、ラヴィーの、やや強張った視線を受けて、時緒の緊張感は急上昇した。
「……?」
部屋には、時緒が初めて目にする人物が二人いる。
一人は布団から上半身を起こした少女。見たところ、ロングウェーブヘアの、儚げな印象を持たせる美少女だが、左右の側頭部から耳代わりに生えた鰭と、下半身の尾鰭が地球人ではないことを物語る。
恐らく、彼女がレガーラのパイロット、シェーレ・ラ・ヴィースだと時緒は確信した。
そして、もう一人は……。
「よ、時の字」
時緒にピースサインを示す、顔面包帯ぐるぐる巻きの、怪しい男。
しかし、聞き覚えのあるその声。まさか……?
「正文?」
「そうそう、俺様」
「……何やらかしたのよ?」
何となしに時緒が問うと、
「ふ……この呪縛は我が黒き魂に……」
正文は気障なポーズを決めながら答えようとしたがーー
「は……!」
その時。
シェーレが跳ねるように顔を上げて、時緒を見つめた。
いや、正確には時緒の背後の……
「…………」
芽依子を、見つめていた。
やがて、芽依子を凝視するシェーレの顔は、みるみる蒼ざめて、
「あ、ああああああああああああ!いやああああああああああああああああああああああああっ!!」
突然、瞳をめいっぱいに見開き、悲鳴を迸らせた。
突然の出来ごとに時緒たちは泡立つ。そうしてる間もシェーレは恐怖の表情で叫び、身体を痙攣させ始めていた。
咄嗟に動いたのは、
先ず
そして、正文がシェーレの視界を遮るように、驚いた顔で立ち尽くす芽依子の前に立った。
「お嬢、すまん」
正文は芽依子に向けて、すまなそうに頭を下げる。
「よう分からんが、お嬢の顔を見て怖がってるようだ。来て貰って悪いが……少し席を外してくれ……」
「わ、私は……」
「頼む……」
戸惑い、憂いの表情で佇む芽依子に、頭を下げたままの正文。
そんな二人の様を見て手をこまねいて見てるほど時緒は阿呆ではない。
「姉さん、ここは正文の言う通りにしよう」
「と、時緒くん……」
何故か?芽依子は弱冠、シェーレの側にいたいような素振りを見せていた……が、時緒の苦笑に諦めの首肯をして、背中を丸めて部屋を出て行った。勿論時緒も芽依子に続く。
「母さん、ロビーの方にいるから」
「おう」と手を掲げて了承する母真理子を部屋に置いて……。
やがて、シェーレは落ち着いて、悲鳴は収まり、微かに啜りあげるような嗚咽に変わる。
中ノ沢温泉街に本格的な夏の夜が訪れる……。
「私は……大馬鹿者だわ……」
喉から絞り出すように紡がれた芽依子の呟きが、夜風に紛れて、消える。
「芽依姉さん……?大丈夫……?」
時緒の優しい声色に、自分勝手な独占欲を抱きながら、芽依子は自嘲をはらんだ微笑を浮かべ、ただ……首を縦に振った。
「ええ……ただ……」
「ただ……?」
「ちょっとだけ……私のそばに……いてください……」
芽依子の言葉に酷く動揺してしまった時緒は、気の利いた言葉一つ、芽依子に返すことが出来なくなってしまった。
だが……。
時緒の沈黙は、側にいてくれた時緒が与えた沈黙は、今の芽依子には、あまりにも心地の良い空間であったのだ。
****
「シェーレ……きらいゅ」
修二の部屋で、画用紙にクレヨンで絵を描きながら、ティセリアは渋い顔で呟いた。
ティセリアと並んでエクスレイガの絵を描いていた修二と、ノートパソコンで動画編集をしていたゆきえの視線が、ティセリアへ集中した。
「シェーレ……きらいだけど……ちょっとかわいそうゅ……」
「…………」
「忘れちゃうの……イヤなのョ。もしあたしが……シュージやユキエ忘れちゃったら……イヤなのョ……」
俯くティセリアの肩を、音もなく近付いてきたゆきえが小気味良く二度叩いた。
「………………」
「ユキエ、なんて言ってるゅ?」
「えっとね……」
ゆきえの言いたいことが分かる修二は、しばらくゆきえと頷き合ったのち、クレヨンを手先で器用に回転させながらティセリアに微笑みかけ、代弁してみせた
「『
「ハッピー?どゆこと?」
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます