第七章 お前は居場所は此処に

ネガ&ポジ




「う〜ん……。しばらくはエムレイガ量産型に乗って戦うしかないですよね……」

「要は慣れだよ慣れ。ちゃんとエムレイガを青と白お前の色に塗ってやるから」



 イナワシロ特防隊基地、午後六時。


 時緒は会議室の窓際で、牧と共にエムレイガに関する書類を読み耽っていた。


 会議室の網戸から、ひぐらしの鳴き声と共に夕暮れの風が流れ混んできて、麻生がガラス館で作ってきた風鈴がチリンと揺れて鳴った。


 いつもならば網戸になどせずにクーラーを稼動させるが……。


 その肝心のクーラーは今、『ただいま故障中』の張り紙が貼られて、沈黙していた……。




「そもそもエクスレイガとエムレイガの違いって何です?」

「装甲と標準武装のコスト。あとロマンの方向性」



 時緒の質問に、牧がすっかり温くなった麦茶を飲み干しながら即答した……丁度その時。


 覚えのあるエンジン音が聞こえたので、時緒は窓から下を見遣る。


 母真理子のジムニーが駐車場にゆるりと停車して、助手席から芽依子が出てきた所だった。



「じゃあ牧さん、僕行ってきますね」

「うんうん、正直まさなおたちに……あと、あのデカい騎体に乗っていた子にも宜しくな」



 手を振る牧に頭を下げると、時緒は会議室を出て、早足で階段を降りる。



「「あっ!!」」



 時緒が芽依子と鉢合わせたのは、二階と一階を繋ぐ階段の踊り場だった。


 寿命間近の蛍光灯がチカチカと照らす薄暗い踊り場という空間で、数時間ぶりに会った芽依子の顔は酷く疲れているような感じがした。


 まるで文子と一晩飲み明かした翌朝の母真理子のよう。


 時緒は咄嗟にーー



「だ、大丈夫かよ姉さん!?」



 と、叫んでしまった。


 芽依子はしばらく驚いた顔をしたのち、「ええ……うん」と申し訳なさそうに頷いた。



「ごめんなさい、時緒くんたちを置いて先に帰って……」

「イナ特の用事があったんだろ?卦院先生から聞いた」



「しょうがないよ」と時緒が付け足して言うと、芽依子にやっと……若干疲れた風体ではあるが笑顔が戻る。



「外で真理子おばさまがお待ちです。平沢庵へ急ぎましょう」



 そう言って踵を返す芽依子の背中を見て……。


 時緒は、立ち眩みに似た感覚を覚えた。


 何故かはわからない。


 ただ……。


 ふいに時緒は、芽依子にメイアリアの面影すがたを重ねてしまったのだ……。






 ****





「本当に……何も覚えていないの?」



 平沢庵、離れの特別客室スイートルームにて。


 文子の問いに、シェーレは虚ろな表情で、ゆっくり頷いた。



「私……一体……?」



 シェーレの口から漏れた疑問が、和室の宙で虚しく漂って……消える。


 文子が背後のシーヴァンに、「シーちゃん、お願い」と言うと、シーヴァンは重々しく口を開いた。



「貴女の名前はシェーレ・ラ・ヴィース。惑星アビリス出身の……ルーリア騎士なのです」

「しぇーれ……?あびりす……?るーりあ……」




 シェーレは、シーヴァンが口にした語句を次々と呟きながら虚空を見つめーー



「…………」



 もの悲しげに瞳を伏せて、首を横に振る。


 合点がいかない、何も思い出せないようだ。



「どう致しましょう?オカミさん……?」



 カウナの問いに、文子は「う〜ん……」と唸って思考する。



「とりま……詳しいことは卦院ちゃんエキスパートにお任せして、今日はこのまま休ませましょ。ティセリアおヒメちゃんは……?」

「ロビーでリースンたちと一緒に待ってます」

「退屈させちゃ可哀想ね。温泉入らせなさい」



 文子の言葉に、シーヴァンとカウナは二人揃って肯首して同意を示す。


 そんな文子たちの視界の端で、シェーレはおもむろに布団をどかして、自らの下半身を……真紅の鱗に覆われた尾鰭を見つめていた……。



「どうして私の足は…………あなたたちと違う形をしているのですか……?なんか……気持ち悪い……」



 布団の上で揺れる自らの尾鰭に、シェーレは顔を顰める。


 何故そんな哀しいことを言う……?


 文子たちが応えあぐねていると……。




「……そうか?メルヘンでなかなか洒落ているじゃないか」




 突如、美声イケボが部屋に凛と響いた。


 文子、シーヴァン、カウナ、そして……シェーレの視線が部屋の出入り口へと集中する。



「俺様は嫌いじゃないぜ?」



 正文だ。


 襖に片手を添えながら、正文が気取ったポーズでシェーレを見て、満足げに頷いていた。



「え…………?」

「元気そうじゃねえか。安心したぜ」



 正文とシェーレの視線が交錯する。


 青白かったシェーレの頬に、ほんの少し……ほんの少しの紅が蘇った。



「あーー……マサフミ……?」



 若干引きつった笑顔のカウナが挙手をする……。


 言おうか……言うべきではないか……。そんな複雑な態度で、カウナは恐る恐る正文の顔を指差した。



「マサフミよ?その顔……どうした……?」



 正文の顔は……白い包帯でぐるぐる巻きにされていた。


 正直まさなおによって大ダメージを被ったことを、カウナは知らない。


 正文は「ふっ……」と気障に笑って。



「邪神を封印してるのさ。格好良いだろう?真似しても良いぞカウナモ?」

「私、アンタそのものを封印したい」



 胸を張って誇示する正文息子を見て、母文子はうんざりした表情で項垂れた……。






 続く

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