play("record_01/アカシャの魔女");
「本日付けでアカシャ警備軍
アカシャ・タワー二十七階。蛍光灯に照らされた真っ白なタイル貼りの壁床に、グレーの大きな机だけが置かれたなにもない部屋。よろしくお願いします、と敬礼する少女――リディアの視線の先には、一人の中年の男がいた。長い銀髪を持つ長身の男。黒ずくめのリディアと対象的に、魔法使いのローブを思わせる白い長衣に身を包ませている。
「君たち
長衣の男――アイゼンはニコリともせずに言った。彼の顔には、感情などないと言わんばかりの無表情が貼り付いている。これが上司か、とリディアは思う。なんとなく苦手なタイプだ。
「さて、君の仕事に就いて説明させてもらおう。知っての通りだが、君たち魔女にはこの街に巣食うバグの退治を行ってもらう」
この都市アカシャは、アイゼンの言う〝バグ〟と呼ばれる化物の脅威にさらされている。彼らは、この街のライフラインや情報網など生活に必要な総てを統括管理する〝アカシック・レコード〟と呼ばれるシステムを食い荒らす害獣だ。
〝
彼らがただ出現するだけで、この街はなんらかの
そんなバグを退治して回るのが、リディアたち〝
アイゼンからそういった基本理念や、日々の注意事項、業務の流れなどを一通り説明されたあと、リディアは相棒の存在を聞かされた。紹介する、とのことで、アイゼンが部屋の外から誰かを招き入れる。
「コードμ‐PT07アデル・オウルだよ。よろしくね、後輩ちゃん」
入ってきたのは、リディアよりも二つほど歳上の女だ。ストロベリーブロンドの髪を左右で三編みにし、耳の後ろで輪にするという変わった髪型をしている。丸くなりがちな女性の顔にしては少々面長で、大きく吊りがちな目は青色だ。勝ち気な表情とメリハリの効いた身体に、黒革のビスチェとショートパンツがよく似合っている。
「アデルは君の一つ先輩だ。まずは彼女から一連の動きについて教わってもらう」
「よろしくお願いします」
姉御肌な雰囲気に、どちらかというと内気なリディアは気後れしつつ挨拶する。アデルはこざっぱりした性格のようで、よろしくな、ともう一度言って笑みを浮かべた。唇の隙間から八重歯が覗く。
「それでは早速、君たちには任務に行ってもらう」
気さくな先輩と気後れした後輩のぎこちない
「アカシャ第五地区にバグ反応が有る。第五地区には、アカシャ全体の水道管理施設がある。バグはそのメインコンピュータから、アカシック・レコードを狙っているようだ。速やかに討伐を」
了解、と返事をしたあと、二人は退室し、廊下に向かう。ここは地上五十五階。高速エレベータがあるとはいえ、地上に降りるには時間が掛かる。面倒だな、とエレベータの前に来たところで、前を行くアデルが振り返った。
「後輩ちゃん、名前なんて言ったっけ?」
「リディア・クロウです」
「クロウ……鴉、か。それじゃあ、〝カラス〟ちゃん。空は飛べるね?」
リディアが先程感じていたことを悟ったかのような問いに、
「せめてクロウって呼んでくださいよ……飛べます」
仮にもリディアは魔女。そしてこのアカシャ・タワーは、アカシック・レコードのお膝元であり、レコードへの接続が容易い場所である。そうそう魔法を失敗することなど有りはしない。
「よし。じゃあ、空から行くぞ。ついてきな」
そう言ってアデルはエレベータの上ボタンを押した。
第五地区は、アカシャの郊外とも呼べる場所で、中心街の喧騒と比較すると随分と静かなところだった。高層ビルはなく、代わりにちょっとした集合住宅のある開けた場所で、地上に降りても見通しが良い。
そして、そういう開けた場所にこそ、ライフラインの要となる施設は存在しているのだった。
中心街の近未来感と比較すると、ただの鉄筋コンクリートの建物は古臭く感じてしまう。アカシャ・タワーの屋上からネオンの街の上を横切って第五地区まで来たリディアとアデルは、そんな水道管理施設の前に降り立った。夏盛りに背を伸ばした雑草が、革のブーツの膝裏を擽る。
バグが発生して避難したからか、施設内部に人の気配はまったくない。バグに捕らえられては身体が分解されてしまうから当然だろう。避難が早くて結構である。
「バグは七体……か」
左目に装着したアデルはそう呟いた。モノクルはモニタになっていて、そこにはレーダで探知した敵のマークがマップに重ねて映し出されている。同じものをまた、リディアも見ていた。概略L字型の建物。短編と長編が重なる箇所の屋上に、赤い点が七つ寄り集まっている。
「そこそこってところかな。行くよ!」
そう声を掛けて、アデルは地上三階の建物の屋上へと一気に跳び上がった。人間離れしたこの能力は、もちろん魔法の力によるものだ。
リディアも慌てて後を追わんと魔法の準備をはじめた。
「〈
アストラル光を発し、アカシック・レコードに接続する。魔法を使うには、アカシック・レコードへの接続が必須で、アストラル光はその媒介。このアストラル光を操る能力が魔女になる必要要件だ。
「〈
アカシック・レコードへの接続を確認すると、次に行うべきは引き起こす現象――すなわち魔法の検索だ。重力に干渉し、跳躍力を上げる現象を見つけ出す。
「〈
見つけた情報をもとに環境に合わせて最適化を行って、ようやく魔法の発動に至る。
リディアは両足を踏ん張り、立ち幅跳びの要領で跳躍した。大きな放物線を描きながら、アデルの後を追ってバグの集まる屋上へと到達する。
「来たね」
にやり、と不敵な笑みを浮かべたアデルが出迎えた。応えてからリディアは辺りを見回す。ずんぐりむっくりした蛙の体型に、白く大きな目が浮いた真っ黒な影――バグ。
影や虚ろといったものが具現化したような存在に、リディアはぞっとした。街を脅かすものとして有名な存在だとはいえ、見るのは初めてだ。
「右は任せた」
そうだと知っているはずなのに、アデルは容赦なく指示してくる。リディアは気を引き締めた。向かって左に五体の集団。右には二体。これでも気を遣ってもらえている。
「〈
バグ討伐に有効な魔法を探す。バグの弱点、複数の標的。これに適しているのは――
「〈
敵に向かって撃ち出した火の球は、地面に着弾するのと同時に火の渦を作りだした。とぐろを巻く炎に、黒い躰が炙られ、燃えていく。中心にほど近いところに居た一体は、そのまま丸い腹を見せて倒れていった。
少し離れたところに居たもう一体は、辛くも渦から抜け出し、身体を燃やされかけた恨みを晴らさんべくリディアに襲い掛かる。
敵の攻撃をなんとか躱したリディアは、激しくなる動悸に焦る自分を無理矢理抑え込みつつ、次の手をアカシック・レコードから探した。
「〈
一陣の風が、蛙の躰を引き裂いていく。細切れにされた黒い影は、血を流すようなことはなく、煙のように消えていった。
勝った。口から大きく息が漏れる。なんとかこなせた。が、戦闘の興奮は冷め遣らず、動悸はなかなか鎮まらずにいた。
「ひゅー、なかなかやるねぇ」
ぱちぱち、と拍手の音。見れば、己の担当分を片付け終えたアデルがこちらへと歩み寄っていた。息も絶え絶えに返事をするリディアの肩を、励ますように叩く。
「優秀な後輩ができて頼もしいよ」
お世辞としか思えなかったが、初陣としては見られる物だったことに安心して、リディアはぎこちなく微笑んだ。
「それじゃあ、帰ろっか」
アデルが
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