RC

空木トウマ

第1話

千葉県のとある街にある小さな公園。

中央にある時計台の時刻は、まもなく9時を迎えようとしたところだった。

空には雲もなく、三日月がきれいに輝いていた。9月の風には冷たいものが交じり始めていた。

周囲をマンションやコーポに囲まれた中にあるその公園はひっそりとしていた。

そこに二人の男子高校生がいた。

一人は長髪で、髪を少し茶色に染めていた。もう一人はムースで髪を立てていた。

彼らがやっているのは、ラジコンだった。

青いボディのオフロードのバギーカーをプロポで巧みに操っていた。

その公園には、滑り台やシーソーといったお決まりの定番アイテムがなく、北と南の入り口付近にベンチが置かれているだけだった。縦横無尽にラジコンを走らせるにはうってつけな場所であるといえた。

二人が楽しく遊んでいるところへ、誰かがやってきた。

相手は、フードのついた迷彩柄のジャケットを着て、青いジーパンを履いていた。そして黒いスニーカーに、最近流行っているデカイサングラスまでかけていた。髪は肩まで届かず耳が見える程の短さだった。

そしてさらに興味深かったのは、その迷彩服の人物が手にしているものを見た時だった。その手には高校生達と同じようにラジコンを手にしていた。 

二人の高校生は、ラジコンを走らせていたプロポの手を止めると、近づいてくる相手の動きをじっと観察した。

さらに高校生が驚いたのはその相手が口を開いた時だった。

「勝負しない?」

 女の声だった。声から判断すると、年齢は自分達と同じか少し上といったところだった。

 勝負?

 高校生達は顔を見合わせた。

 少女の手には、ボディを真っ黒に塗られたオフロードバギーカーがあった。

「勝負って…もしかしてラジコンでか?」

 少女は軽く口元を緩めた。

「そうだよ」

 男子高校生達は再び顔を見合わせた。

 ちょっとあぶない奴かもしれない。二人は目を合わせるとその場から立ち去ろうとした。

だが少女は強い口調で二人を呼び止めた。

「待ちなよ。もし私に買ったらこのラジコンあげるよ」

 二人は足が止まった。

 それはぱっと見ただけでも分かる程、高価なものだった。長髪の高校生が食い入るように見た。これを手に入れる事が出来ればネットで売ってもかなりの金を手に入れることができる。

「嘘じゃないだろうな」

 長髪の高校生は少女の顔を覗き込みながら言った。

「ああ。ホントだよ。その代わり……」

 少女がほくそ笑むんだ。

「もしあなたが負けたら、あなたのラジコン、私がもらうけど」

「俺もラジコンを……」

高校生のラジコンは、いとこからタダでもらったものだった。

仮に取られたところで、こっちが損をするわけじゃない。

第一、 こんな女に負けるわけがない。

高校生には、自信もあった。彼はラジコン大会になんどか出場しており、好成績を収めていたからだ。

「よ…よし!その勝負乗った!」

長髪の高校生を、もう一人が押しとめた。

「お、おい。いいのかよ?」と小声で言った。

「へっ。ただで、ラジコン一台手に入るようなもんだぜ。逃す手はないだろ」

長髪の高校生はもう一人の制止を振り切った。

「よし、やろうぜ」

長髪の高校生が了解すると、少女はゴミ箱から空き缶を二つ、公園の対角線上の端と端に置いた。距離にして約10mといったところだ。戻ってきた少女は足で地面に線を引いた。

「今、私達がいるところがスタート地点。あの空き缶を回って戻ってくるの。3週して先にゴールした方の勝ち。どう?」

「ああ。それで構わないぜ」

 長髪の高校生にとってはルールなどどうでもよかった。勝負が始まればどうせ自分が勝つのだからと余裕だった。

 長髪の高校生の青いバギーカーと、少女の黒いマシンがスタート位置についた。

 2台のマシンが同時に飛び出した。始めのうちは互角の速さだった。

 内側を少女女のマシンが、外側を高校生のマシンが走っていた。

(ふん。少しは出来るようじゃないか。だがすぐに追い抜いてやるよ)

 長髪の高校生はさらにマシンを加速させた。

「どうだっ」

 長髪の高校生が思わず叫んだ。

 だが、距離を開けても少女のマシンはすぐまたその差を縮めぴったりと長髪の高校生のマシンに追いついてきた。

「なにっ?」

 焦り始めた長髪の高校生は、なんとか追い抜こう、追い抜こうとするが、どうしてもそうすることが出来なかった。均衡状態のまま2台のマシンは3週目、ファイナルラップへと向かった。

「ふふ…」

 女が相手を小ばかにするような感じで笑った。

「なっ。なにがおかしいんだ!」

「わかったから」

「なに?な……何がわかったっていうんだ」

「あなたの実力が」

「ふっ。ふざけんな。今までは手を抜いてやってたんだよ。こっからすぐに追い抜いてやっからな」

「ああ、そう」

 少女は冷静だった。

「じゃあ私も本気を出そうかな」

(えっ……?)

 高校生が驚くのにも構わず、少女はこともなげにそう言った。

 そしてその言葉が嘘でないことはすぐにわかった。

 3週目に入った途端、迷彩服の女の黒いマシンが急に加速を始めたのだった。

「マジかよ……」

 高校生も必死に追いつこうとするが、距離は開いていく一方だった。

 そしてその差は縮まることなく、3週目を終えたのだった。

 少女のマシンが先にゴールした後、10秒ほど遅れて長髪の高校生のマシンは、よろよろとゴールした。

 少女が高校生のマシンへと近づいていった。

 そしてマシンを拾い上げてから言った。

「私の勝ちだね。約束通りこのマシンはもらっていくから」

 それだけ言うと、少女は振り返ることなくさっさと公園から出て行ったのだった。


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