第20話

そう思うと少し体の力が抜けてその場に座り込んでしまった。



今朝からずっと気を張ってきたから、やっと安心できた。



「椅子とか、適当に使って座ればいいよ。っていっても俺たちのものじゃないけどさ」



一にそう言われあたしたしはそれぞれ椅子を持ってきてそれに座ることにした。



「昨日まではごく普通の日常だったのにね」



ポツリと呟いたのは舞だった。



舞は視線を床に落として何かを思い出している様子だ。



「友達と普通の遊んで、帰って。だけど目が覚めたらこんな数字が頬に出てきてたの」



舞が自分の右頬に触れる。



あたしもつい同じように自分の頬に触れた。



「あたしに数字が出ているのを見て、家族は急に冷たい態度になったの。商品だから、子供じゃないからって」



その言葉にあたしは目を見開いた。



「そんな言い方って……」



「あたしの家族、兄弟が8人もいるの。今の時代でもすごく多くて、もともとお金に困ってたの。あたしもアルバイトとかしてたんだけど、あまり手伝ってあげられなかったし」



それにしても自分の子供が商品に選ばれたとたん冷たくなるなんてひどい親だと感じてしまう。



そんな親ばかりになると、国の思うがままになってしまう。



「俺は、舞の親はあえて突き放したんだと思うけどな」



一が呟くように言った。



「あえて、ですか?」



聡介が聞き返す。



「そう。他に沢山兄妹がいたんじゃ舞も満足に逃げられないだろ。家にいるより外にいたほうが安全だと思ったのかもしれない」



「確かに、あたしの家にはまだ赤ん坊の妹もいます」



「だろ? どうしてもそっちに手がかかって、舞を守ることもままならないって考えたのかもしれない」



「そうかもしれないですね……」



一の持論に舞の頬がほんのりと赤く染まる。



その様子を見て花子がかすかに笑ったのがわかった。



「どうしたんだよ花子」



一が声をかける。



「別に、なんでもない」



「お前もこっちにきて、会話に加われよ」



「あたしはいいよ。話すことなんてないし」



そう言って膝と膝の間に顔をうずめてしまった。



「話すことがないなんて、そんなことないだろ。こんな状況なんだから、もっと協調性を持てよ」



一は花子に近づき、根気強く話しかけている。



元々面倒見がいい性格をしているのかもしれない。



花子はどうにか顔を上げるとあたしたちを見つめてきた。



その目はとても深くて黒くて、なんだかたじろいでしまう。



「あたしの両親は、あたしが商品になったことを知らないかもしれない」



その言葉にあたしたちは目を見開いた。



子供が商品に選ばれて、それを知らない親なんているだろうか。



「2人とも旅行に出てるの。テレビもあまり見ないし、ラジオも聞かない。だから、きっと知らないと思う」



「それ本当か? どこからでも情報は入ってくる時代ですよね?」



不信そうな声色で言ったのは大志だった。



「情報が入ってれば、連絡してくると思うから」



そう言うと花子はスマホを取り出した。



なにか確認した後、「やっぱり、知らないみたい」と、左右に首を振った。



両親からの連絡が入っていなかったということなのだろう。



「両親もいないし、家にいても誰も守ってくれない。だから学校へ来たの。だけど教室には行かずに、ずっとここにいる」



「ずっとって、最初からですか?」



聞くと、花子はうなづいた。



そして話終わったという様子でまた顔をうずめてしまった。

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