第16話

2人してずぶぬれの状態で教室へ入ると、国語の女性教師がすでに教卓に立っていた。



先生はあたしたち2人を見た瞬間目を見開いて驚いたが、なにも言わずに黒板へ体を向けた。



教室のあちこちから笑い声が聞こえてくる。



「なにあれ、悲惨」



「ずぶぬれじゃん。よく教室入ってきたよね」



「汚水じゃねぇよな? きったねー!」



どれもあたしたちを見下し、馬鹿にするような言葉たち。



そんな言葉がいちいち胸に突き刺さるものだから、あたしはわざと大きな音を立てて椅子を引いた。



一瞬だけ教室の中が静かになる。



しかし次の瞬間にはまたさざめきのような話声が聞こえてきた。



まだ1日目だ。



これから先どうなっていくかわからないのに、こんなところで傷ついていちゃいけない。



自分自身にそう言い聞かせて教科書を取り出した。



さっきまで無事だった教科書が、今は真っ黒なマジックで塗りつぶされている。



「じゃあ、次のページを北上さん読んで」



こんなときに限って今日はよく当てられる。



そういえば今日の日付はあたしの出席番号だったっけと思い出した。



自分の出席番号をのろいながら教科書を持って立ち上がる。



幸い指摘されたページは読める状態だったけれど、声が震えてうまく出てこない。



水にぬれた体はどんどん冷えてくる。



先生だって少しは考えて当ててくれればいいのにと恨みたくなったときだった。



「早退してもいいですか」



と、突然そんな声が聞こえてきてあたしは驚いて振り向いた。



すると聡介が立ち上がっているのだ。



みんながざわめいた。



「まだ授業中ですよ」



「わかってます。でも、見たらわかりますよね?」



聡介はするどい視線を教師へ向ける。



こんなずぶ濡れのままで授業を受けるような日常、あたしたちは送ってきていない。



そうとわかると途端に教師は押し黙ってしまった。



「あたしも早退したいです」



教科書を置いて言う。



「何言ってんだよ。お前らいなかったらつまんねぇだろ!」



「そうだよ! 逃げるなんて卑怯!」



「なんのための法律だよ!」



あちこちから飛んでくる言葉にあたしはうつむいた。



「……好きにしなさい」



先生から告げられた言葉にあたしは勢いよく顔を上げた。



先生はすでに黒板へ視線を向けて授業を再開させている。



教室中にブーングが怒るが、知らん顔だ。



「行こう恵美」



驚いて立ち尽くしていたあたしの手を聡介が握り締める。



あたしは大きく頷き、2人して教室を出たのだった。


☆☆☆


早退することはあたしたちにとって日常的にあることだ。



毎日というわけではないが、年に2回や3回なら珍しくない。



きっととがめられないはずだ。



その思いであたしたち2人は昇降口へと急いだ。



「早くしないと授業が終わる」



授業が終わるまでまだ30分以上残っていたけれど、気持ちばかりが焦ってそんな風に言葉が出てしまった。



聡介も頷いて靴を履き替えるのももどかしそうだ。



どうにか運動靴に履き替えて外へ向かう。



と、そのときだった。



昇降口を出た瞬間、けたたましい警告音が鳴り始めたのだ。



しかも、2人分。



体内から聞こえてくる警告音に鼓膜が破れそうなほど痛くなる。



その場にうずくまり、両耳をふさいでも効果はなかった。



それでも前へ進もうと足を進めると、更に音は大きくなる。



「くそっ! これじゃ逃げれない!」



大きな音に顔をしかめ、聡介とあたしは校舎へと戻った。



靴を履いたまま廊下に座り込み肩で呼吸を繰り返す。



外の天気は悪くなっていて、体はどんどん冷えてきている。



このままじゃ本当に風邪をひいてしまいそうだ。

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