第14話

☆☆☆


「あいつらが今週の商品だ!」



教室から逃げ出したとき、クラスメートのひとりが叫んだ。



その声に思わず振り向くと、あたしの後ろから聡介が教室から出てきたところだった。



そしてそれを指差している男子生徒。



廊下に出ていた生徒たちが一斉にあたしたちふたりに集まる。



「商品って、あの法律の?」



「隣のクラスのヤツだったのか」



「え、あの2人にはなにしてもいいってこと?」



そんな声が追いかけてきて、あたしは慌てて前を向いて走った。



最初は戸惑っていても、ターゲットが近くにいるとわかれば次は行動に移すはずだ。



「捕まえてみようぜ!」



ゲーム感覚で楽しむ声まで聞こえてきてあたしは下唇をかみ締めた。



これは遊びだと、完全に楽しんでいる連中も少なくなさそうだ。



「恵美!」



聡介の声がしたかと思うと、手首をつかまれて引っ張られていた。



後方にグンッと引かれて体のバランスを崩す。



聡介はそのままあたしの体を突き飛ばすようにして男子トイレへと足を踏み入れた。



「個室に入れ!」



言われて右手の手前にある個室に入ると、聡介も同じように滑り込んだ。



そして鍵をかける。



ひとまず、これで追いかけてこられても大丈夫だ。



大きく深呼吸を繰り返して、落ち着くのを待った。



今自分たちの身に起きた出来事は、とても信じられるものじゃなかった。



いつものクラスメートたちが一瞬であそこまで豹変してしまうなんて。



先生だって助けてくれなかった。



思い出すだけで体が震えて歯の根がかみ合わなくなる。



「大丈夫か? なにもされてないか?」



あたしは何度も頷いた。



「聡介は?」



「俺も平気だ。ちょっと強くつかまれただけで」



そう言って赤くなった手首を見せてきた。



ちょうど指の形に赤く染まっていて、痛々しい。



「大丈夫? 痛くない?」



「あぁ、平気だ。それより、こんなのが毎時間続くのかよ」



聡介は呟いて大きく息を吐き出し、狭い天井を見上げた。



「今回は偶然逃げ切れたけど、次は無理かも……」



隣のクラスの生徒たちが来てくれなければ、今頃どうなっていたかわからない。



聡介があたしの不安を払拭するように手を握り締めてくれる。



その手は汗ばんでいて、震えている。



聡介の手を握り返そうとしたときだった。



突然ドアがバンッ!と蹴られたのだ。



あまりの音に身を縮める。



「おい! 出てこいよ商品!」



「逃げ回ってんじゃねぇよ!」



続けざまに何度も蹴られて背中に冷たい汗が流れた。



トイレの弱いドアじゃどこまでもつかわからない。



「ほら、このままドア蹴破ることもできるんだぞ?」



それが脅し文句なんかじゃないことはわかっていた。



「くそ……」



聡介が奥歯をかみ締めるのがわかった。



ここから逃げるためにはドアを開けるしかない。



だけどドアの向こうには敵しかいない。



完全に八方塞だ。



もう、勢いよく飛び出して逃げ出すしか方法はない。



「聡介、あたしまだ走れるよ」



小さな声で言った。



聡介は驚いた表情をこちらへ向ける。



「でも捕まったら……」



聡介の心配にあたしはうつむいた。



白いタイルが見える。



スマホを取り出して時間を確認してみると授業開始まであと5分だ。



このままやり過ごすことができればいいけれど、さっきからドアを蹴る音が絶え間ない。



授業開始までドアがもつかどうかもわからない。



「一緒に行くか」



聡介の言葉にあたしは顔を上げた。



そして大きく頷く。

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