第12話
その時、授業開始のチャイムが鳴り始めた。
廊下にいた男子たちが舌打ちをしつつ教室へ戻っていく足音がする。
聡介が立ち上がり、ドアを開けた。
その後ろから付いて廊下へ出ると、みんな教室に戻った後だった。
ホッと胸をなでおろしてB組へ向かう。
「恵美の席は廊下に近いから、次の休憩時間に入ったらすぐに廊下に逃げるんだ」
「聡介はどうするの?」
「俺もすぐに逃げる。さっきの空き教室で合流だ」
聡介の言葉にあたしは頷くしかなかった。
うまくいくかどうかわからないけれど、とにかく逃げるしかない。
あたしは大きく息を吸い込んでB組の教室へ入ったのだった。
☆☆☆
自分の席に戻ると机の上にラクガキがされていた。
《淫乱女》
《ブス》
《ブリッ子》
マジックで書かれたそれらの文字に一瞬胸が痛んだ。
普段からこんな風に思われていたのかもしれない。
ただのストレス発散で書いてみただけかもしれない。
とにかく、人権剥奪期間中はこのくらいのイジメは当たり前にありそうだ。
教科書を取り出すとそれは綺麗なままだったのでひとまず安堵した。
しかし、胸の中にはすでに真っ黒な澱が沈殿し始めている。
このままの状態が一週間も続くのだと思ったら、気が来るってしまいそうだ。
そんな中、数学の先生が教室に入ってきた。
授業だけはちゃんと進んでいくことがなんだか妙に感じられる。
もちろん授業内容なんてちっとも頭に入ってこない。
休憩時間が近づくにつれて鼓動が早くなり、逃げ出すためのドアに視線を向かわせる。
「北上。次の問題を答えてみろ」
先生に当てられてあたしは大きく息を吐き出した。
教科書を手に持ち、黒板へと向かう。
クラス全員の視線が自分へ向いている。
その視線のひとつひとつが槍となってあたしの体を突き刺しているように感じられた。
緊張で汗をかきながら黒板に解答を書いていく。
どうにか問題を解き終わってチョークを起き、自分の席へ戻ろうとしたときだった。
「今回の商品はなかなかレベルが高いな」
そんな呟きが聞こえてきてあたしはハッと振り向いた。
視線の先には腕組みをして立っている数学の男性教師の姿があった。
先生の目の奥で鋭い眼光がギラリと光って見えた。
その瞬間背筋がゾッと寒くなり、慌てて自分の席へ戻った。
忘れるところだった。
人権剥奪期間中に自分たちを攻撃できるのは子供だけじゃない。
大人だって同じだということを。
いくら生徒たちから逃げても、先生に捕まってしまえば結果は同じだ。
最悪の場合、命を落とす……。
授業中、先生の鋭い眼光を思い出して、あたしは何度も身震いをしたのだった。
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