おすすめレビューは作者宛のメッセージを書く欄ではないぞい。

@snacam

日本語で書かれた小説を読むには、書いてある文字の意味を理解できる程度の日本語力が必要だぞい。

「もう死にたいぞい」


 博士はスマホを見ながら呟いた。


「お父さ……博士。一体全体、どうしたんです」


 語尾とは裏腹に深刻な声色。

 私は夕食を炒めていたコンロの火を止め、博士のいるリビングを覗く。


 博士は、今まで見たこともないほど沈んだ顔をしていた。

 トレードマークのポニーテールに愛犬のゾーイーが噛み付いても、何の反応も示さない。重症だ。


「本当にどうしたんですか、博士」

「これを見るぞい」


 そう言って博士が私に見せてくれたのは、聞いたこともない小説投稿サイトのページだった。


「これが、何です」

「何だか知らぬが、今夜の新着おすすめレビューには、作者宛のメッセージにしか見えないおすすめレビューが矢鱈と並んでおるのだぞい」


 博士は溜息混じりに呟く。

 おすすめレビュー、が何かは知らないが、恐らくレビューによって何か――恐らくは小説を、おすすめする物なのだろう。

 小説の作者にその小説をおすすめする。確かに意味はわからない。


「おすすめレビューは作者宛のメッセージを書く欄ではないぞい」

「それは、まあ、そうでしょうね」

「作者宛のメッセージはコメント欄で書けば良いぞい」

「ああ、コメント欄があるんですね。なら確かに、それで良さそうな気もしますけど」


 ばう、とボルゾイのゾーイーも、同意するように吠える。


「全く無関係な活動報告のコメント欄ではなく、その小説のコメント欄だぞい」

「はあ。それは、そうなるでしょうね」


 私は博士が見ていたサイトのことは知らないが、断片的な言葉の響きだけで、複数あるらしい記入欄の、大体の用途は理解できた。

 常識的に考えれば、小説のコメント欄は小説に対するコメントを書くのに、最も便利な位置にあるのだろう。

 それをわざわざ別の欄で、それも明らかに用途が異なるだろう欄で書く意味は、解らない。


「その、おすすめレビュー欄に作者宛のメッセージを書いた人は、どうしてそんなことを?」

「恐らく、自己顕示欲――おすすめレビュー欄は、作者以外の人間の目にも止まりやすいのだぞい。活動報告のコメント欄も、小説のコメント欄よりは作者以外の目を引くのだぞい」

「作者宛のメッセージを、作者以外に見せたいのですか?」

「せめてそれならまだ、そういう思考に至る人間がいることを、理解できなくもないぞい」


 ばう、とゾーイーが合いの手を入れる。


「……もっと恐ろしい可能性があるとでも?」

「……ぞい。日本語の小説を読む者が、書いてある日本語を理解できていない可能性だぞい」

「よくわかりません。日本語の小説を読んで、日本語で作者宛のメッセージを書いているのですよね」


 博士の言葉を理解するのに、私には幾らかの時間が必要だった。

 意味を理解し、瞠目した。


「つまり……偶然我々と同じ文字を扱いながら、我々とは異なる言語大系を持った種族が……存在すると?」

「流石に飛躍しすぎだぞい」


 博士はずっと沈みがちだった表情を少しだけ緩め、小さく苦笑した。

 良かった。私の冗談で、少しでも笑ってくれた。


 しかし、博士が何を言おうとしたのか、本当は私にもわかっている。


「もう、世界は終わりだぞい。核爆弾で滅ぼすしかないぞい」


 博士は、頭の後ろで一つに括った髪束から、豆粒大の核爆弾を摘み取り。


 そして―――。


 ばう、と犬が吠えた。


「ゾーイーの涎で、核爆弾が湿気って起爆しなくなってしまったぞい」


 豆粒大とはいえ、博士の作った核爆弾。

 もしこれが使用されていたら、地球は粉微塵になっていたはずだ。


 ゾーイーが博士のポニーテールに噛み付いたとき、涎がついて壊れてしまったのだろう。

 普通の核爆弾はそんなことで壊れないのだが、特別性の核爆弾なので、そういうこともある。

 つまり、地球はゾーイーの涎に救われたと言える。


「仕方ないですね。なら、私のを使いますね」


 私はそう言って自分のポニーテールから同型の核爆弾を取り出し、起爆した。


 そうして、地球は粉微塵となった。

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