139 ロゼスとパティ


 数時間走った馬車がやがて止まると、アルは、第二帝国の兵士数名に降りるように促された。


 そこはとてつもなく広い野原だが、草花は燃やされて土だけとなり、土はならされて固められた平地となっていた。

 その広大な土地の半分近くは屋根のある大きな建物が建造され、建造物の近くには、アルが見たことのない乗り物が、地面から五メートルほどの高さをぷかぷかと浮かんでいた。


 その乗り物は大きな布が膨らみ、その下には人が乗り込める、木製のこれまた大きな船のような形のゴンドラがあり、浮いた布と紐で繋がっている。

 建物の中では技術者とおぼしき十数名が動き回り、その乗り物の周囲を動き回っている。


「あれは、我が国が誇る飛行船で、ここはその飛行船が飛び立つ飛行場とその整備場ですよ」


 魔族である筈のカルファはなぜか誇らし気に言い、飛行船を指した。


「アルタイア様には船ではなく、飛行船でウォーレッド国へ向かいます。その方がずっと速く着きますから。ウォーレッド国ではシュナイゼ王がお待ちです」


「凄いな、これが飛行船か。話には聞いていたが……。ウォーレッド国にはこれほどの技術があるのか」


 ウォーレッド国は世界屈指の大国であり、物作りの技術も技術者も、世界随一だ。

他国から技術を盗んだり技術者を強引に招いたりと、やり方に問題はあるが、同じ大国であるグリーンビュー国を凌いでいることはアルも知っていた。


「アルタイア様にそれほど感激していただけるとは、光栄です。飛行船に乗れば、我が国の技術力に更に驚かれるでしょう」


 それほどの技術があるウォーレッド国であれば、小国であるメイクール国を手に入れることなど雑作もない、とアルは思った。

 しかし今まで手を出せずにいたのは、やはり他国と連携し、上手く手を取り合っていたからだろう。


 今はまだ小規模な飛行船が数えるほどしか存在していないようだが、この空飛ぶ船が巨大化し、またその数が増えていけば、他国と連携していても、メイクール国はウォーレッドの手に落ちることは時間の問題だ。

 

「アルタイア様、あなたの危惧されているご心配は不要ですよ。残念ながらウォーレッド国には飛行船を作る数には限りがあり、大型の飛行船を作ることも今のところできないのです。それはこの飛行船の動力源に関係しています」

 カルファは悪戯をする子供のように、楽しそうだった。その反応から、アルは一つの可能性を閃いた。


「その動力とは、メイクール国と関係があるものか?」


「ご名答、流石ですね。飛行船の動力はあの、常にエネルギーを発散している黒い宝石です」


 ウォーレッド国にもメイクールから毎月一定量のブラッククリスタルを輸出しているが、その石は武器としても使用され、また飛行船に使用するには多くのブラッククリスタルが必要となる。よって数多くの飛行船を生産することは不可能なのだ。


「カルファ殿、それが真実だとして、なぜ僕に教えるんだ?」

「ただの機嫌取りですよ」

 カルファはアルに飛行船に乗るよう言い、アルは数名の兵士の後に続いて、その初めての空飛ぶ乗り物へと乗り込んだ。


 中はアルが思ったよりも広く、清潔で快適な空間だった。

 兵士の他に、操縦士や乗組員等がそれぞれ配置につき、働いている。

 アルは小さな個室に通され、そこで到着まで待つようにカルファに言われた。 


(カルファはパティに手出ししないと言っていたが、本当に無事なのか?……ロゼスに関しては、カルファは見逃すとは言っていなかった)


「――カルファ殿、ルーナという君の補佐はどこへ行ったんだ?」


 個室に入り、そのままアルを残して立ち去ろうとするカルファに、アルは言った。

そういえば、ルーナの姿はいつの間にか消えており、この飛行船にも乗っていない。

 

「さて、どこでしょうか。ルーナはどうも、勝手に動くことが多いですからね」


 はぐらかすようなカルファに、アルは途端に不安に駆られた。

 考えてみれば、パティはともかく、歩兵部隊隊長であるロゼスを第二帝国が無事に逃がすとは考え難い。


(ロゼス……無事でいてくれ)


 アルには、ロゼスの無事を確認する術もなかった。


 

 その頃ロゼスは、高位魔族ルーナとの激しい戦いを終え、人気のない道をゆっくりと歩いていた。

 傷は軽傷ではない。背負った槍が重たく体に圧しかかる。

 

 右足は氷の礫に殴打され倍近くに腫れ上がり、脇腹はルーナに食らった蹴りで折れた骨があり、動く度に痛んだ。

 ロゼスは痣だらけの足を引き摺り、それでも足を止めずに歩き続けていた。


 数時間が経っただろうか、やがてロゼスは、レナッサ村という、小さな村に到着した。


 パティが飛び立った方角に歩いて着いたので、恐らく彼女もここにいるだろう。

 それは一種の賭けだが、既に夕刻近い時刻となっているので、外は危険なので、パティも町や村にいる確率が高い。

 ロゼスはレナッサ村に入ると、持っていた黒い布で顔を半分ほど覆い隠した。衛兵に見つかれば、捕らえられる可能性もある。


 レナッサ村は小さな村なので、パティを探すのは簡単だった。

 パティは村の外れの、草木の生い茂る芝生に座り込み、何かを書き記していた。

 自然豊かな地である第二帝国は、町や村であっても、草木がよく生えた公園や芝生が多く存在している。


 てっきり泣いているのかと思っていたので、パティが作業をしているのを見ると、ロゼスは内心驚いていた。ロゼスが近寄っても、パティはその作業に没頭し、暫く気付かなかった。


「ロゼス! あの、その傷、どうしたのですか?……大丈夫、なのですか?」


 ロゼスに気付き、顔を上げたパティは作業を中断し、近付いて心配そうに問いかける。


「ああ、色々あってな……」


 ロゼスは、魔族との死闘の末にメイリンが命を落としたことは、今は黙っていようと思った。

 何より、ロゼス自身もメイリンのことを今は話したくなかった。メイリンの死を受け入れるには、ロゼスも時が必要だった。


「大丈夫だ、動けないほどじゃない。それより、何を書いているんだ?」

 ロゼスはパティが書いていたものを覗き込む。

「あの……、アルが連れ去られてしまったので、そのことを書いていました……」


 ロゼスはパティが書き記していたものを見て少なからず驚いた。

 その手紙にはこの南西大陸でアルが連れ去られたこと、アルを助けて欲しい、と切なる願いが込められ、綴られていた。


「パティ、これを仲間に送ろうとしていたのか?」

 パティは頷いた。


「クルミが、わたしにラーガを呼ぶ笛を預けてくれました。ラーガにこれを持たせて、クルミにアルのことをお伝えしようと思っていました。……わたし、アルを助けたいのです。アルが、酷いことをされないか、心配で……」


 ロゼスは、パティの行動に感心した。

 酷いことを言われていたが、パティはやはり、アルが好きで、その身を案じている。連れ去られてしまったアルを救い出そうと、彼女は行動を起こしていた。

 

「ロゼス、アルがわたしを嫌いだと言ったことは……嘘ですよね? わたしが危険に遭わないようについた嘘なのでしょう?」


 パティはロゼスの服の引っ張り、顔を近づけた。

 パティの瞳は、どうかそうであって欲しいという願いで緊張し、揺れていた。


 ロゼスは、パティの今にも涙を零しそうな悲し気な瞳を見ると、思わず、そうだ、と言いそうになった。

 王子が言ったことは本意ではない、と。

 しかし彼にはできなかった。

 アルが望んだ。パティを巻き込むまいとして、必死の思いで、パティを遠ざけようとして、酷い言葉を浴びせたのだ。  


(……もし王子が嘘とついていたと知れば、パティは何としてでも、王子の救出を手伝おうとする。しかしそれを王子は望んでいない。俺が真実を言い、パティを危険に晒していい訳がない)


「俺には分からない。パティ、王子を救い出した後、お前が訊いてみるんだ」


 パティはロゼスが言ったことにがっかりと俯いたが、それでも、パティはアルを救うという目的は見失ってはいなかった。


「よし。この手紙を持たせて、すぐにラーガを飛ばそう。ただし、これはダン宛てに送る」


 ダンは船を持っているのでどこにいたとしてもすぐに移動ができるし、彼はウォーレッド国で調べ物をすると言っていたので、アルが連れ去られた東大陸にいる可能性もある。それにダンには多くの手下がおり、人手が必要な時も力になってくれるだろう。


 本当は、自国であるメイクール国に一刻も早く知らせたいが、南西大陸から北西大陸は遠く、アルの救出には随分と日にちがかかってしまう。


 パティはまだアルが言ったことを気にし、俯いて悲しい顔をしていた。


「しっかりしろ、パティ。王子を救いたいだろう? ラーガを飛ばしたら、兵士に見つかる前にすぐに出発をする」

「ロゼス……」

「ダンと落ち合うんだ。ウォーレッド国に入国し、王子を救うのを手伝ってもらう」

「あ、はい!」

 パティは泣きそうな顔を上げ、決意を胸に立ち上がった。


(王子は、もうパティとは離れる決意を固めているに違いない。王子の傍にいれば魔族だけではなく、パティを国同士の争いにまで巻き込むことになる)


 パティをウォーレッド国に連れて行くことは王子の意向とは異なるが、このまま村に放って置くこともできない。

 ロゼスはパティを頼む、と言われただけだ。パティを危険に晒すことはロゼスも望むところではない。

 ひとまずウォーレッド国に一緒に連れて行き、彼女は宿ででも待たせようと思った。


 ロゼスとパティは、アルを救い出すという目的を胸に、行動を開始した。

 


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