136 魔術使い
(……パティ)
ロゼスはパティが飛び立っていった方角を見て、そちらへと向かっていた。彼女を追いかけ、合流するためだ。
自国の王子がそう望んでいる。
その思いにロゼスは応えるつもりでいた。
仮に、アルが何も言わなくても、ロゼスはパティを追いかけただろう。
アルにとってパティが大切だからではなく、ロゼスが彼女を放っておけない、という思いからだ。
ロゼスにとってパティは、共に旅をした後から、家族のように近しい存在であるような気がしていた。
護らなければならない者。
いや、護りたい者。
世話が焼け、手はかかるが、大切な存在となったことは確かだった。
事が起きたのは、ロゼスが歩き始めて少し経った頃だった。
(――何者かが付いて来ている)
彼がそう思った矢先だった。
「〝
冷たい女の声の後に、背筋がぞわりとするほどの殺気を感じ、ロゼスは咄嗟に転がって受け身を取ると、
ズガッ! バリバリ……!
と、背後の壊れた道の瓦礫や周囲の木々が大きな音を立てて崩れた。
幾つもの氷の刃が飛んできて、ロゼスを背後から攻撃したのだ。
ロゼスは顔を盾を装備した腕で保護し、崩れた箇所ではなく、声のした方へ顔を向けた。
「あはは、やるじゃない。そうでなくちゃ、面白くないけど」
その娘は、先ほどアルを連れて行ったカルファの補佐をしているという、ルーナだった。ルーナは楽しそうにけらけらと笑っていた。
ロゼスは彼女を見て
ルーナは青い石の嵌った杖を持ち、地上から十メートルほどの空中に浮かび、ロゼスを見下ろしていた。ロゼスは素早く槍を構えた。
「あなた、メイクール国の歩兵部隊を率いているんですって? その地位が仇となったわね。このまま国に帰す訳にはいかないわ。その地位があれば、他国でもあなたの証言には信頼性がある。その口を封じるわ!」
ルーナは宙に浮かびながら、腕を組んで言った。
「口を封じるとは、シュナイゼ王の命なのか? まさか、シュナイゼ王はお前たちが魔族だと知っているのか?」
「何でわざわざお前に教えてあげなきゃいけないのよ。知ったところで、どうせすぐに死ぬじゃないの」
ルーナが不機嫌に言うと、ロゼスはぎろ、と彼女を睨んだ。
「あら、女の子をそんなに睨むものじゃないわ」
「女? 生憎、魔族をただの女だとは思わないな。……それは、魔術か?」
「基本的な術よ。
――死ぬまで、ね。
ルーナの青い瞳が氷のような微笑を称え、ロゼスは背筋がぞわっとした。
ルーナが掲げた杖の先から、今度は巨大な氷の刃が出現し、ロゼスに向かってくる。
ガツッ!
ロゼスは氷の刃を避け切れないと思い、槍で穿つが、その破片が飛び散り、顔や体に数か所の切り傷を作った。
(あの女、ふわふわと浮いているから攻撃しようにもあそこまで届かないな。どうすれば――)
「それじゃあ、溺れて死ねっ。〝
考えが纏まらない内に、ルーナは次の攻撃を繰り出した。
杖の先から大量の水が噴き出し、その水はロゼスの足元に移動する。
ロゼスはその水から逃れようとするが、水はまるで意思があるようにロゼスの足に纏わり付き、しかも岩に挟まれたように硬く、動けなかった。
ロゼスは槍で攻撃してみるが、やはり、水なので効果はない。
そうこうしている内に、水はあっという間にロゼスの全身を飲み込んだ。
(くっ……息が……!)
ロゼスは槍を水の牢の中で落としてしまった。
ただの水ではないので、水の中では手足の自由が利かず、ロゼスはやはり身動きが取れない。
(こんなところで、俺は死ぬのか? あの女に一撃も食らわせられず、……王子との約束も、守れず……)
やがて息がもたず、ロゼスの意識が遠のきかけた時、びしっ、と音がし、水の牢が割れ、ロゼスは地面に放り出された。
ぜいぜいと息を整え、ロゼスは自分を救ったその者を見た。
その女は短剣を手にし、グレイ色の瞳に、銀色がかった長い髪をしていた。
よく見ればその髪も瞳も、自分と似ているな、とロゼスは思った。
「なぜ俺を助けたんだ? 俺はお前に感謝なんかしない」
「……今の名はロゼスと言ったわね。手を貸すわ。一人では手に負えないでしょう?」
メイリンはロゼスの問いには答えず、そう告げた。
メイリンは先ほどとは少し雰囲気が異なり、感情を隠しているようで、表情は読み取れなかった。
「誰が、魔族とつるんでいた奴の手など借りるか! 二度と俺の前に現れるなと言った筈だ、消えろ!」
「まだ死にたくないのよね? そういう顔をしていたわ。使えるものは使いなさい。命を長らえさせたいなら、愚かな選択はしないことよ」
ロゼスは、メイリンの言葉にぐっと詰まった。
落とした槍を拾い、メイリンにはそれ以上何も言わず、槍を構える。
メイリンはロゼスのその態度を、了承したと捉え、彼女もまた宙に浮かぶ少女のような者を見た。
「ねえ、あなた、急に出てきて邪魔したけど、こっそり見ていたわね? 気付いていたわよ。それで話しは纏まった? ああ、あなた、石を持つ者よね。私、ラッキーだわ。あなたも殺せば、主様に褒められるかしら」
ルーナはきゃぴきゃぴと
メイリンはロゼスたちから離れた後、彼に言われたように、二度と顔を見せるつもりはなかった。
しかし第二帝国の兵士やカルファたちがアルたちのいる方角へ向かっているのを見かけると、隠れて彼らの後をこっそりと見ていて、今に至る。
「〝
メイリンは淡々と言った。
「へえ。魔術の知識があるのね。あなたメイリンね。シスが魂の契約をした女。シスが死んだら、あっという間に寝返ったのね」
「……どうとでも言えばいい」
「主であったシスが死んだのに、あなたは生きているなんて、シスが可哀そうだわ。私が、殺してあげる」
ルーナは口元に人差し指を立て、にっこりと笑んだ。
メイリンは手に短剣を構えたまま、思い切りジャンプをした。彼女は瞬時に石を光らせ、ルーナのいる空中、十メートルほどまで飛び上がり、ルーナに向かい短剣を突き出す。
ルーナはメイリンの素早い攻撃に、一瞬顔が強張ったが、慌てて杖を掲げ、メイリンの一刀を防いだ。
「くっ! このっ〝
メイリンの周囲に旋風が巻き起こり、彼女はその風に巻かれ、ぐるぐると空中で回転をし、地面に叩きつけられた。メイリンの体には幾つもの擦り傷ができた。
ロゼスはその様子を見て、自分でもよく分からないが、無意識にメイリンの傍に駆け寄っていた。
「こんなの掠り傷よ。私はまだ戦えるわ」
「……」
「作戦を立てましょう。あの女は幾つもの魔術を操れる。だけど、恐らく杖がなければ魔術は操れないわ。私がもう一度あの女へ攻撃して杖を引き離す。そうすれば、宙に浮けずに落ちて来る筈。ロゼスは落ちた女を攻撃して」
「だが、それでは――」
ロゼスは、そこまで言い、口を噤んだ。
――それではまたお前が危険になる。
ロゼスはそう言おうとした。メイリンを案じてなどいないのに、なぜそんなことを言おうとしたのか、自分でも分からないが。
「今度は上手くやるわ」
メイリンは鞭を持ち、宙に浮かぶルーナを見上げる。
「気を付けろ」
ロゼスが言った言葉に、メイリンは驚いた顔をした。
「俺のせいで死なれるのは流石に後味が悪い」
ロゼスは、顔を逸らして言った。表情を見られたくなかったのだ。
「例え私が死んでも、誰のせいでもないわ」
メイリンはくすりと笑み、すぐに臨戦態勢に入った。
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