137 共闘


「結構やるじゃない。早々に決着をつけた方が良さそうね」

 ルーナはメイリンの動きを見てから表情が一変し、その顔は少し焦りの色が見て取れた。


「〝風の刃ブレイド〟」

 同じ呪文でも先ほどとは異なった鋭い風の刃が連続でメイリンに襲い掛かる。


 メイリンは、先ほどとは異なった見えない刃の攻撃に、顔を腕で隠し、腕の隙間からルーナを見て、再び飛び上がった。

 メイリンは短剣を前に構えている。


「何よ、さっきと同じじゃない。舐めないでよ!」

 ルーナは怒り顔で杖をさっと前に出した。

 だがそれはメイリンの策であった。


 メイリンは腰に隠した長い鞭を取り出すと、まだ距離のあるルーナの体に向かって、空中で一振りした。

 鞭はルーナの体に巻き付き、メイリンはその機を逃さず、戸惑いを見せているルーナの体を地上へと思い切り振った。

 ルーナの杖は彼女の手を離れ、先に地面へと落ちていった。


(今だ!)


 ロゼスは地面に向かって勢い良く落ちてくるルーナに、槍を突き出した。

 ――が、ルーナの体に槍が刺さることはなかった。


 ロゼスが槍を突き出すと、ルーナは地面に着地したと同時に、膝をバネにし飛び出し、ロゼスの攻撃を避けて彼の脇腹に蹴りを叩き込んだ。

 ロゼスは、その蹴りの衝撃に、数メートル程吹き飛んだ。

 ロゼスはがはっ、と咳き込んだ。

 ルーナの細く小柄な体から繰り出されたとは思えないほどの重い一撃だった。

 

「残念でした! 私は魔術がなくても強いのよ」


 よろめいて立ち上がったロゼスは、ルーナが高笑いをし、落ちた杖を拾ったのを目にした。


(くそっ……、俺が足手纏いだ……)


 ロゼスは舌打ちし、悔しさを滲ませる。


 ルーナはまだ地上に降りていて、浮いてはいない。ロゼスは立ち上がると同時に槍を構え、少し距離のあるルーナに向かって横から槍をぶんと振り回すと、ルーナは横からの攻撃で槍に打たれ、その場に倒れた。


(あの女は僅かに反応が鈍い)


 格闘も強いと言っていたが、ルーナはやはり、魔術に頼っている節がある。

 先ほどはやられたが、ルーナが格闘を使うと思わなかったので、そこにロゼスの隙が生まれたのだ。


 ロゼスは右手に槍を持ち、倒れたルーナに向かって構え、決着をつけるべく、勢いをつけて槍を突き出した。ルーナは突き出された槍を慌てて左手で掴み、槍を捻ってロゼスを転ばせた。

 

「……面倒臭いわね、こっちから殺す!」


 ルーナは言い、口元をもごもごと動かした。

 ルーナが呪文を呟き終えた頃、ロゼスは、細かな、数百はあると思われる氷の塊に襲われた。


 ビシビシ、とロゼスの体は氷のつぶてに体中を何度も攻撃され、その痛みは相当なもので、僅か数秒の内に痣が浮き出て、ところどころ赤く腫れ上がり、足は骨が折れたような感覚もあった。

 その激しい礫の攻撃に、ロゼスの腕から力が抜け、槍を落としていた。

  

「あはは。私、この呪文が一番好き。みんな痛がっている内に動けなくなって死ぬのよ。本当に面白いわ!」


 ルーナは腹を抱え、陰惨な笑みを刻み、声を上げて笑った。


 激しい氷の礫は何度もロゼスへ襲い掛かり、ロゼスは痛みを堪えて落ちた槍を再び持とうとする。しかし盾でしか礫を防ぐ手段がないため、顔回りしか護れず、他の部分への激しい攻撃に、徐々に体力と精神力が奪われていく。


「やめろ!!」

 メイリンが逆上し、短剣を手にルーナに向かって駆け出した。


 ルーナはメイリンから距離を取って浮遊し、ロゼスに放っていた氷の礫が止まった。


「シスが何であなたと契約したと思う?……更に力を得るためよ。あなたの魂が完全に魔に染まったら、その分魔の力が増して、魂を食らう時、もっと大きな力を得ることができるの。でもあなたの魂は完全に魔に染まることはなかった。あなたって、まるで蝙蝠コウモリね。人間側にも、魔族側にもどちらにも染まり切れずにいる、仲間外れの愚か者よ」


「私がシスの契約を受け入れたのは、力を得るためよ。仲間なんか始めから必要じゃなかった」

「嘘ばっかり。無理しちゃって」


 ルーナは呆れたようにため息交じりに言い、氷の礫の標的を今度はメイリンへと変えた。

 

 メイリンがルーナの元へジャンプする前に氷の礫が彼女に襲い掛かって来たので、メイリンはその場に膝をつき、座り込んだ。

 氷の礫は容赦なくメイリンを攻撃し、続いてメイリンの体はルーナの作り出した風に運ばれ、浮かび上がった。

 メイリンは風に煽られて自由が効かないようで、何とか態勢を整えようとするが、上手くいかず、空中で仰向けとなっていた。メイリンが空中に浮かび上がると同時に、彼女を襲っていた氷の礫は消えていた。


「〝氷の剣アイスソード〟」

 ルーナは杖を左手に持ち替え、右手に氷の剣を作り出した。

 

 その時、メイリンの体は既に、地上へと落ちていた。

 剣を握り、ルーナはメイリンに向かって、徐々に地上に近づいて行く。

 地上二メートル程まで降りてくると、ルーナとメイリンの距離はもう後僅かとなり、ルーナはその青い瞳に狂気を漲らせ、氷の剣をメイリンの胸に向かって突き出した!


「死ねっ!」


 ガキッ!!

 ロゼスは地上へ降りて来たルーナと、倒れたメイリンの間に割って入り、長い槍で氷の剣を防ぐと、続いてルーナの肩を槍で素早く突いた。


「キャア!」

 ルーナは叫び、肩を貫かれ、ドクドクと血を流し、そのまま後方へ倒れた。


「痛いわねっ、ムカつく奴……、先に死ねっ!」


 ルーナは、立ち上がり、まだロゼスが握っていた槍を彼から奪うように肩から抜き、後ろ側へ放ると、ロゼスを睨んだ。

 ルーナは肩を貫かれているのに全く怯むことも、その力が落ちることもなく、ロゼスに突っ込んで行く。


 ロゼスは、ぎくっとした。

 ルーナの肩から引き抜かれた槍は彼女の背後に放られ、しかもロゼスはルーナとまだ接近したままだった。 

 ロゼスが怯んだ隙を逃さず、彼の首元に、ルーナは氷の剣を突き刺そうとした。


 そこへ、メイリンが横からロゼスの体を咄嗟に押し倒すと、代わりに、ルーナが突き出した氷の剣が、ずぶ、と、メイリンの首元辺りに、深く、刺さっていた。


「メイリン!!」


 ロゼスが倒れたまま叫ぶと同時に、メイリンの体は、ひらりと舞う木の葉のように、力なく、崩れ落ちていった。


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