120 旅立ちの前に

「そうか、試練を受けるのか」

「うん、当初の計画通りにね」

 ダンは少し目を伏せ、クルミは明るく答えた。


「クルミ、私も西大陸へ一緒に行き、試練の時、何か手伝いたいのですが――」

「ううん、それはいい」

 ネオは言ったが、クルミは首を振った。

「西大陸にはあたし一人で行く。グリーンビュー国はあたしが一番詳しいし、試練を受けるのもあたしだけだから」

 ぴしゃりと言われ、ネオは残念そうな顔をした。


「ネオは自分の神具を調べてみて。まだどの神具かも分からないでしょ」

「ええ、まあ」

「あたしはこれから船に戻って、西大陸に戻る準備をするよ。それと、ダンには頼みたいことがあるんだけど――」


「ああ、まだ見ていない神具、〝月光の指輪〟と、〝水鏡の盾〟か。一つはメイクール国、もう一つはウォーレッド国にある――、とは言い切れないが、可能性はあるな」

「ダン、ありがと。あと、ネオ、腕輪をダンに預けてくれない?」

 ネオは少し困った顔をしたが、クルミの頼みなので、頷いた。

「この杖もダンに渡しておくよ。どちらかが、ロミオの神具だと思う」


 石を持つ者の内、神具が分かっていないのはネオとイーシェア、ロミオ、それにメイリンだ。

 この間皆で話したが、メイリンは月の女神の選んだ者だとライザは言っていた。

 つまり〝月光の指輪〟がメイリンの神具で、イーシェアは水の女神とそっくりだとパティが言ったことから、水の力を持つ神具、〝水鏡の盾〟が彼女の物だと仮定する。

 だとすれば、手元にある杖と腕輪の内どちらかはロミオとまだ見つかっていない石を持つ者しかいなくなる。


「そのロミオって奴の神具は〝開放の剣〟の可能性もあるだろ?」

「それはないでしょう」

 ダンの問いに、ネオが首を振る。二人が会話をするのは珍しい。

「ロミオが剣を使った際、先ほどクルミが〝飛翔の靴〟を使ったような反応ではありませんでした。石の力を発動させなければ剣も使えませんでした。恐らく違うでしょう」


「じゃあ、丁度良かった。ウォーレッド国に行った際に、これをロミオに届けて」

 クルミは杖と腕輪をダンに渡した。

 先ほどクルミは杖も試してみたが、やはり杖はネオと同じような反応だった。一応ネオも靴を試そうと思ったが、靴に足が入らなかった。

 

「あたしは早速、船に戻るよ」

 そう言い、クルミは準備をすると言って立ち上がった。

「あ、クルミ、私も船に荷を取りに行きます」

 ネオは慌ててクルミについて行き、同じく、ダンも二人に続いた。



 アルとパティ、それにロゼスは、明朝、南西大陸へ出航する船へと乗る。手続きを終え、二人は、レイズン家の帆船に置いたままの荷物を取りに戻ったところだった。 

 ロゼスとは船で待ち合わせることになっていた。


 パティとアルが船に乗り込むと、すぐにダンたち三人もやって来た。

「クルミたちも戻ったのですね」

 パティが言い、丁度良いので、クルミは、自分の神具が〝飛翔の靴〟であることを話し、西大陸で試練を受けることも説明をした。

「そうですか。では、もうすぐお別れなのですね」

 パティは口に出したことで、寂しさが込み上げた。

「パティ、何かあったらラーガを飛ばして。ラーガを呼ぶ笛を渡しておくよ」

 クルミが差し出した笛を、パティは大事そうにポケットに仕舞った。


 まだパティはあの恐ろしい出来事を完全に克服してはいない。

 パティはクルミにとって世話の焼ける妹のような存在で、離れるのは少し心配だが、アルが傍にいるので、きっと大丈夫だ、とクルミは思った。


「クルミ、君もラーガを使いたい時もあるだろうが、貸してくれて感謝するよ」

 アルの言葉にクルミは少し頷き、

「試練を終えたら合流しよう。それまで何も起きなければいいけど」

 と言った。



 ネオは、自分に割り当てられた船の個室に行き、荷物を纏めつつ、クルミに言われたことを考えていた。


 ――この南大陸から故郷の北東大陸へ戻るだけで最低一か月はかかってしまう。

 更にそこから神具を手にするため他大陸へ行くとなると、次にクルミに会えるのはいつになることか。

 それほど月日が経ってしまっては、試練を終える前に、高位魔族どころか魔王が地上に現れてしまうかも知れない。


 ネオは顎に手を置いて少し考える。


 荷物を纏め終え、そろそろ出発しようとしていたアルに、ネオは声をかけた。そこにはパティもいた。

「あの、アル、実は頼みがありまして――」

 言い難そうにネオは切り出した。


「え、クルミから借りたラーガを貸して欲しい?」

 アルはネオに言われたことを反芻する。

「ええ。私の故郷、北東大陸まで帰郷するのに、船では一月はかかってしまいます。多分、神具のことは母に訊けばわかりますので、手紙を出したいのです」


「そう言えばそうだな。僕もメイクールの父宛てに手紙を書いたところだから、使いたいが……。ああ、そうだ、ダンも一羽ラーガを持っているじゃないか。ダンに借りたらどうだ?」

 良い考えだとばかりにアルは人差し指を立てたが、ネオは、


(アルは、時々、空気の読めないことをいうな)


 と思った。

「それは絶対に嫌です。アルがダンに頼んでラーガを借りてください」

「なぜダンに頼めないんだ?」

 不思議そうに問うアルに、ネオはため息をつく。察して欲しかった。


(この王子は鈍すぎだ。まさか、パティの自分への思いも気づいていないのか……?)


 とは流石に一国の王子に口にできないので、ネオは、

「嫌なものは嫌なんです」

 と言い張る。

「……アル、ネオは、クルミが好きなのです。だけど、ダンもクルミが好きだから、頼みたくないのです」

 と、事情を察しているパティが、アルにこそっと耳打ちした。


 アルはあの日以来、パティが心配で、必要以上に傍にいた。パティはパティで、以前にも増して、アルにくっついて離れなかった。

 前から仲の良かった二人だが、傍目には恋人同士にしか見えない。しかしその甲斐あったのか、パティはもうほとんど、心は回復しているようだった。


「え、そうなのか?」

 アルは驚いた様子で、ネオに問う。

「ええまあ。……そうですが」

 コホン、と軽い咳払いをし、ネオは恥ずかしながら肯定する。


 ネオがクルミを好きだとは、アルには意外だったが、今までのクルミに対するネオの態度を思い出すと、そういう節はあったように思える。


「分かった。僕からダンに頼んでみよう」

 アルがそう言った時、ダンとクルミの姿は近くには見えなかった。

 ネオは、二人の姿が見えなかったことが、なぜか胸がざわつき、嫌な予感がした。


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