111 決勝戦 前半
アルたちは、〝捨てられた村〟からの帰り道は馬車に乗り込んだ。
リリア国の兵士らは、若い娘と思われる白骨遺体や彼女たちの持ち物の回収や、犯人であるヤーゴンの屋敷の捜索などをするため、暫く屋敷に残るそうだ。
アルはパティを連れ、一刻も早くこの不吉な場所から離れたかったので、ダンと、城から来た御者を加え、すぐに城へと戻ることにした。
ネイサンを尋問した際、アルは随分と彼に手荒な真似をしたが、兵士らはアルに対し、客人としての態度を変えなかった。
城へ戻った後どうなるか分からないが、そのことから、恐らく罪に問われることはないだろうと思われた。
「アル、お前さ、これからもパティの傍にいるよな?」
ダンは、向かい合って馬車の客車に腰かけたアルに訊ねた。
ダンはパティがヤーゴンを刺したところを見てはいない。
しかしヤーゴンが倒れたその後すぐにパティたちのいる部屋を見つけ、駆け込んだダンは、返り血を浴びたパティを見て、何が起こったのかは察しがついていた。
「パティにはアルが必要だ。気付いているだろ?」
アルはダンの声に耳を傾けながら、隣に座ったパティを見た。
パティはアルの隣で彼の腕を掴んだまま、眠ってしまったようだ。
攫われた時に嗅がされた薬の影響だろうか、馬車に乗り、走り出した途端、アルが傍にいるので安心したのか、パティはすぐに眠りに落ちた。
アルの隣で彼に寄り添い、すうすうと寝息を立てるパティは、出会った時と変わらない、無邪気な天使の少女に見えた。
しかしアルも気付いていた。
パティはもう、出会った頃の何も知らない天使ではない。
人の醜く恐ろしい部分を見て知り、自身を護るために行動ができるようになったのだ。それはこの危険が多い地上で生きるに相応しい強さだ。
だがアルは、パティが天使であるが故、彼女は地上で生きることに賛成はできなかった。
「パティは天世界に帰るべきだ。今回のことで、僕はそれが一番だと分かった」
「アル、けどな、パティは――」
ダンは馬車の中で身を乗り出し、大きな声を出そうとしたが、それ以上は言えなくなった。
パティが目を覚ましたのだ。
先ほど大変なことがあったばかりなので、ダンはこれ以上パティにショックを与えたくなかったため、その先は言えず、腕を組んで、大人しく座った。
「パティ、着くまで眠っていていいよ」
アルはパティに、至極優しく、労わるように言った。
パティは首を振った。
「いいえ。わたし、起きています。アルの近くで、こうしていることを、感じていたいのです」
パティはアルの腕をぎゅっと掴んでいた。
アルはパティの真っ直ぐな視線にぶつかると、頬が少し赤く染まった――、ように見えた。既に夕焼けの灯りで周囲は染まっていたので、照れたためなのかははっきりと分からなかった。
馬車は山道をゆっくりと走り、リリア国の城へと向かっていた。
「これより、異種試合の決勝戦を行う!」
夕刻が近づく少し前、闘技場では司会者が声高に叫んだ。
「クルミ・レイズン対、ツバキ・ガーディア! 前へ!」
クルミは珍しく、緊張していた。
自分の実力を幾らか
クルミはツバキの前に立つ前から短剣を抜き構え、焦茶の瞳で少年を見据えた。
「はじめ!」
審判の声が響くと同時にクルミは走り、短剣を突き出す。
ビュッ!
クルミの剣の風切る音がし、何度か攻撃を繰り出し、その素早さにツバキは翻弄されているように見えた。しかしそのクルミの攻撃の後に、ツバキは短剣を避け屈むと同時に拳を繰り出した。
「くっ……」
態勢は悪かったが、クルミは持ち前の器用さで体を捻り拳を避けると、後ろに下がって距離を取った。
「いい動きだな。お前、さっきは相手を見くびっていたんだな。始めから全力でいけばもっと楽に勝てたんじゃねーの?」
ツバキは人差し指をクルミに向け、遠慮のない言い方をした。
「……そうかもね。ツバキ、あんたの戦いはあたしも見させてもらった。悪いけど、あたしはあんたの命を獲る覚悟でいるから。そうでなくちゃ、すぐにやられると思うもの」
「構わねーよ。そのかわり、オレも本気でやるぞ。お前も石を持つ者なんだろ?」
ツバキは両腕を上に伸ばし、交差させ、軽いストレッチをして、あっけらかんと言った。
「うん、石はあたしにもある。それと、本気でやるのは望むところだよ。手加減されるのは嫌いだから」
「いい覚悟だ。けど、死んでも知らねーぞ」
ツバキは、これから面白いことが起こる、とでもいうように、楽し気に笑んでいた。
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