110 クルミとネオ

 リリア国の城からバタバタと数名の兵士が〝捨てられた村〟へと到着し、パティとアル、それに合流したダンの元へ彼らが現れた頃、クルミとネオは向かい合って、互いの姿を見ていた。

 

 円形闘技場では、今まさに、二人の試合が始まろうとしていた。

 

 クルミは腰に差した短剣に手を伸ばした。

 しかしネオは、身じろぎ一つせず、真剣な眼差しでクルミを見つめていた。


「クルミ、私はあなたとは戦いません」

「え?……何? 何かの冗談?」

 すっかりやる気になっていたクルミは顔を引きつらせて言った。


「いいえ、違いますよ。あなたと戦うなど、私にはできないのです」

「……何で? もしかして、あたしが女だから?」

 クルミはむっとしていた。

 プライドの高い彼女は、女扱いをされるのは嫌いだった。

 審判のはじめ、という叫び声を無視し、二人は向かい合って話し始める。客たちは、「なぜ試合が始まらないんだ?」、とざわついていた。

 

「あながち間違ってはいませんが……」

 とネオは口を開く。

 周囲のざわつきのせいで二人の会話を他の者は聞き取れなかったが、ネオはそのお陰で、言いたいことを言ってしまおう、と思った。


「クルミ、あなたは、女性の中でも特別です。……私はあなたが好きなのですよ。ですから、剣で切りつけたり、殴ったりなどできない、ということです」

 ネオは少し照れつつ、それでも真正面にクルミを見つめ、柔らかな笑顔を見せていた。


「だから、冗談はやめて」

 つい今しがた、告白されたというのに、クルミにはその自覚はなかった。

 なぜ急にそんなことを言い出したのだろうかと、ネオに対し、何だか怒りに似た感情が込み上げてくる。


「……ネオは女を見ると、ついそういうことを言いたくなるの?」

 クルミはネオのいうことが信じられず、きつい言い方をした。ネオに対し、戦ってくれない苛々もあった。


「以前はそうでしたけど、もうやめます。クルミに誤解を与えたくないのと、今の私には、あなたしか見えていませんから」

 ネオは、今はクルミに何を言っても信じてもらえないだろうと思い、溜息交じりに言い、それ以上は話すことを止めることにした。


 ネオはツカツカと闘技場のアレーナの端まで歩いて行き、

「審判、参りました。私の負けです」

 と審判に告げ、さっさと闘技場を後にしようしていた。


「本当はクルミに降参して欲しかったですが、あなたはなかなかいうことを訊かないでしょうから、仕方ありません」

「ネオ! ちょっと、待って!」

 クルミは立ち去ろうとするネオの背中に叫んだ。


「クルミ、気をつけてください。くれぐれも。ツバキはまさかあなたを殺さないでしょうが、あなたが怪我をするのを私は見たくありません。危険だと思ったら、すぐに降参してください」

 言い終えると、ネオは再び、そっと笑んだ。

 その顔には迷いはなく、いつもの作られたような笑みではなく、彼の心から表れた屈託のない笑顔だった。


 ネオはアレーナから出て行った。

 クルミは何だか、すっきりしなかった。


(ネオが、あたしを好き? まさかね……)


 クルミには、どうにもネオは本気だとは思えなかった。

 きっと気紛れだろう。

 クルミが今までネオの近くにいた女性とは違い、珍しい部類の女だから、落としてみたくなっただけのことだろう。


 クルミはネオと戦ってみたかった。

 同じ石を持つ者であるが、クルミはメイリンにも勝てなかった。メイリンはクルミの戦いの経験や己を鍛えてきた時間を遥かに上回っているので、当然と言えば当然のことだ。

 メイリンはクルミと違い、行くあてもなく、戦いに身を投じるしかなかったのだ。


 しかしネオが戦い始めたのはごく最近のことだそうだ。彼はずっと舞の世界で生きていたのだ。その彼を倒せるか、試してみたかった。

 だがネオはクルミと戦う気など始めからなかったのだ。 


「勝者、クルミ!」

 審判が叫ぶと、試合を見ていた観客たちは一斉にブーイングをした。

 クルミはその声を聞き、ますます苛々とした。

「ネオのばか……」

 クルミは拳を強く握った。

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