93 石の力の試み

 南大陸海域では蒸し暑く生暖かい風が顔を撫で、太陽は容赦なく照り付けていた。

 

 その後二週間、南大陸を目指し彼らは船で過ごしていた。


 ダンとクルミの怪我の具合はほとんど良くなり、クルミとネオは石を光らせる方法を二人で探っていたが、ダンは二人きりにさせまいと、同じように船の甲板に出て、二人の間に割って入っていた。

 ダンはネオがクルミに好意を持っているのは分かっていた。


(くそ、何だあいつは? 始めから気に食わなかったんだ。クルミの周りをうろちょろしやがって。あいつがいるなら同じ船に乗って正解だった)


 そんなダンの思いを知っているようなネオは、お構いなしにやたらとクルミにべたべたしてくるので、その度にダンは気が気ではなかった。

 クルミはと言えば、ネオが女たらしという情報は初めて会った時から分かっていたので、至近距離に寄ってくるのも手に触れたりするのも身に付いている癖のようなものだと思い、鬱陶しいが気に止めていなかった。


「石を光らせるには、目的を思い浮かべて集中するってことじゃないかな。メイリンもロミオも、状況はそうだったし」

「そうですね、そして石を空気に晒すこと――」

 ネオは首元の石が見えるように髪を結んだ。


「メイリンは戦う目的で集中させてたよね。じゃあ、あたしと戦うって集中してみてよ」

「クルミさんと?」

「クルミでいいよ」

 コホン、と少し緊張して咳払いし、ネオはクルミ、と名を呼んだ。


「ですが、女性と戦うのは……」

「メイリンとは戦ったことがあるんでしょ?」

「戦ったと言いますか……いたぶられた気がします」

 ネオはその時のことを思い出し、嫌な顔をした。

「とにかくやってみてよ」

 クルミに促されたのでネオは目を閉じ、集中し始めると、彼の首元の石が光り始めた。

 ネオは今までに感じたことのない感覚がした。

 体の中からエネルギーが溢れてくるようだ。石の部分が熱を発し、傷むほどだった。


「来ないなら、こっちから――」

 と言い、クルミがネオに向かって走り出そうとすると、ネオは既に走っており、クルミは構えた。


(ネオのスピードが上がってる)


 クルミはネオの動きを注意深く見つめる。


「後ろっ!」

 叫んでクルミはばっと振り返った。

 すると至近距離にネオがおり、クルミの背に腕を置き、もう片方の腕はクルミの肩を押す。クルミがバランスを崩し倒れそうになったところで、ネオは彼女を抱き上げた。


(早い!)


「クルミ、近くで見ると本当に可愛いですね。私は大人びたあなたの方が好きですが――」

 クルミを抱えたネオはにこっと笑んで言い、顔を近づける。

 その事に血管がひくついたダンはすぐに飛び出し、さっとクルミを奪い、自分の背後にやると、ネオに足をかけて転ばせた。


「おい、ふざけたことしてると殴り倒すぞ!」

 ダンは凄みのある眼でネオを睨んだ。


 ネオはびびった訳ではないが、面倒な奴がライバルだな、と思っていた。 

 今まで面倒な恋愛は避けて通ってきたネオだが、今回ばかりは簡単に諦める気はない。ネオは自覚したのだ。

 自分は恐らく、生まれて初めて、恋をしていると。

 ネオは自分の前に立ちはだかるダンを睨み、立ち上がろうとするが、なかなか立てずにいた。


「どうした? まだ殴ってねえぞ」

 ダンは腕を組んでネオに冷めた視線を送っていた。

「そうじゃない。力が入らないんですよ」

「もしかして、石を使った副作用とか?」

 クルミはダンの後ろからひょこっと顔を出した。


 

 船の周辺を大きな一羽の鳥がぐるぐると飛び、クワァ、と一声鳴いた。

 鳥の足には麻布の小袋が括り付けられており、袋には小さく折り畳まれた手紙が入っていた。

 鳥は、皆とは少し離れた場所で船作業をしていたアルの傍にいたパティの前に降り立った。 


「手紙を持ってきてくれたのですね、ピピン」

 パティは群青色の、自分と同じほどの背丈の鳥、ラーガのピピンに言い、その頭を撫で、ピピンの足に括られた手紙を外して手に取った。


 アルがロミオ宛てに手紙を書き、それをピピンに持たせ、帰って来たのだ。

 ピピンには前にパティがロミオに貰ったナイフを嗅がせた。

 あのナイフを貰ったのはもう随分前のことだし、着替える時などに何度か触れていたが、匂いなど残っているのだろうかと訝ったが、ダンは、

「それで十分だ」

 と言っていたが、その言葉は真実だった。


「パティ、ロミオからか?」

「はい、クルミたちに知らせましょう」

 アルの問いに、パティは懐かしい歴史学者からの手紙を大事そうに抱え、嬉しそうに言った。 

 

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