92 南大陸へ、船の中の会話 後半

「ああ、それと、試練てやつを受けてるとか言っていたな」

「試練……神の試練か」

 ダンの言葉の後、アルは考える格好をした。


「ねえ、アル。メイクール国には神具は保管されていないの? 石を持つ者はいるんでしょ? えっと、巫女だとかいう――」

 アルはイーシェアのことは皆に話していた。恐らく、彼女が石を持つ者だろうと。


「イーシェアだ。彼女はきっと石を持つ者で間違いない。あれは、今思えば、耳飾りではなく、クルミたちと同じ、しるしだったように思う。パティの話では、イーシェアは水の女神と瓜二つだそうだ。しかし僕は父からは神具や石を持つ者のことを聞いたことがないんだ。この旅で初めて耳にした」

 アルははっきりとした口調とは裏腹に、複雑な胸中だった。


 父マディウスから、イーシェアのことも七大陸に散らばった神具のことも、アルは何も聞いていない。

 石を持つ者やその意味を知らなかったとしても、神具は各国の主に王族が保管しているので、知らないのは不自然だ。何も言わなかったことを思うと、メイリンがマディウスを裏切ったと言ったことも嘘とは言い切れないのでは、と疑ってしまう。


「マディウス王は僕に肝心なことを隠しているように思える。はっきりとは言えないが、神具はメイク―ル国にあるかも知れない」

「ま、それは、アルが国に戻れば分かるだろうさ」

 アルの胸中を察したのか、ダンはあっけらかんと言った。


「ねえ、もう一つ訊きたいけど、ロミオとは連絡を取ってるの?」

「いや。だがロミオは魔の動きについても調べていたから、グリーンビュー国でのことを手紙で知らせたいと思っていたが――」

「うん、ぜひそうして欲しい。あたしのことも言っていいから。話しに聞いたとこ、ロミオは信頼できそうだし、あたしたちより神具のことも詳しそうだから。というか、会って色々訊きたいし、話したいけど」


「北大陸の住んでいる場所は知っている」

「ラーガで知らせて、どっかで落ち合った方が早いんじゃねえか?」

 ダンは一通り話がついたので、テーブルの席に座った。

「ラーガ?」

「アル、お前ラーガを知らねえのか?」

 ダンは少し驚き、椅子に跨ってアルを見た。


「ダン、ラーガは世界に数十羽しかいない貴重な鳥だよ。その多くは闇の市場で取引されているから、王族であっても知らないのが普通なんだよ」

 クルミは、アルを庇うように言った。


 ラーガとは、手紙を運ぶ鳥のことで、物についた僅かな臭いを嗅ぎ取り、正確にその者に手紙を届ける、貴重な鳥だ。ラーガの数が元々少ない上に、訓練されたラーガは尚のこと希少なので、闇市で信じられないほどの高値でたまに売買に出される。

 クルミは知り合いの伝手からオークションに参加し手に入れたが、かなりの痛手だった。

 ダンは元々持っていたラーガの持ち主から上手く交渉し、貴重な宝と交換し、二人はそれぞれ一羽ずつ手に入れていた。


「じゃ、俺のラーガを使ってロミオと連絡取れよ」

「分かった。ダン、助かるよ」

「ひとまず、当初の目標は石の力をメイリンのように発揮できるようになることと、神具を集めることですね」

 と、ネオが話を締めて落ち着いたところで、丁度パティが料理を運んできた。



 それは妙な色のソースがかかった焦げた魚と、ぐちゃっとしたサラダ、それに割と良い匂いのスープだった。

「パティ……もしかして、一人で作ったのか?……執事たちと一緒に作ってくれと言っただろう……?」

 アルは、残念な料理を見て少し引き釣った唇で言った。

「あのう、みなさん忙しそうにしていたので、声をかけるのは悪いと思いまして」

 上目遣いにいうパティに、クルミは露骨に嫌そうな顔をし、ダンもおいおい、と言いたげに目をしばたき、ネオはパティのやることはそんなものだろうと予想がついていたようで、特別な反応はなかった。


「せっかくパティが作ったんだ。冷める前に、みんな、先に食べよう。執事たちは仕事が済んだら食べるだろう」

 優しいアルが明るく言い、皆を席に着くよう促した。

 

 料理というものは初めから上手に作れる者はあまりいない。教えてもらったり慣れたりして、徐々に味付けや焼き加減等を覚えていくものだ。

 教える者が傍にいなければ、パティの作った品は到底「美味しい」と評される類のものではなかった。焦げて苦い魚に特殊なソースがかかり、水気をほとんど切っていないサラダでうんざりしかけていた仲間たちは、覚悟をしてスープを一口飲んだ。


「お」

「あれ?」

 クルミもダンも、顔を見合わせた。思いの他、美味しかったのだ。偶然にも、スープだけは美味しく仕上がっていた。

「パティ、このスープ、美味しいよ」

 魚やサラダを口にし、その途端、悪いことをしてしまったと申し訳ない気持ちだったパティに、アルはにこっと笑顔で言った。

「本当ですか?」

 パティの顔がぱっと明るくなる。

「うん、ホント、全然期待してなかったけど」

「俺、おかわりもらう」

 と、クルミも褒め、ダンは立ち上がり、スープを汲みに行く。

 失敗もしてしまったが、パティは、何だかとても幸福な気持ちだった。


 パティは、その穏やかな時がいつまでも続くような気さえした。

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