76 変わり果てた城内 前半

「でもさ、何で奴らは城に向かってるのかな。王族の命を狙ってるとか?……それとも――」

 クルミを先頭に三人は走っていた。

 パティはクルミの足の速さについて行くことができず、少し引き離されていたが、アルが気付いてパティの手を引き、何とかついて行くことができた。

「狙いは恐らく宝物の神具だ。他国でもそうだった。それにネオも危険だ」

 クルミは二人が追いつけるように少しゆっくりと走り、アルはクルミに近づくと、言った。


「ねえ、ネオがどうして危険なの?」

「今はゆっくり説明する暇がないが、彼は、石を身に帯びた特別な人間なんだ」

 アルはクルミが信用できると確信していたので、話した。

「石を身に帯びた人間……」

 走りながら、クルミは反芻した。

「その石を帯びた人間って、何?」

「クルミ、後で説明を――」

「今教えて。走りながらでいい。……あたしも、そうなんだ。体に石が埋まっている」

 アルもパティも、思わず立ち止まった。

「クルミも石を持つ人間だったのですね。通りで――」

「ん?」

 何、とクルミ。パティとアルが思ったことは同じだった。


(通りで、強い訳だ)

 

 アルは、石を持つ者のことをクルミに話して聞かせた。

 神々が七大陸に住む人間の中からそれぞれ一人を選び、力を与えた。そのしるしが神秘的な光を宿した石が埋まっている人間なのだと。


「聞いた話だが、魔族は石を持つ人間と神具を探している。神具は神の力を得た道具だ。七つの神具を集めた者は多大な力を手にするという話だ」

「神具に神の手が加えられているって本当のことだったんだ。ただの言い伝えだと思っていたけど」

 クルミは黙り込んだので、三人は話すのを止め、クルミの後を付いて行く。

 


 城を取り囲む城壁の近くまで着くと、その通りに並んだ建物の一つにクルミは向かった。周辺の建物はどれも古びていて、城の敷地の美しい景観とはまるで異なっていた。

「この辺りは元々城の所有物で、兵士の宿舎や備蓄の倉庫として使われていたけど、もう随分前に使われなくなってね。取り壊そうとしていたけど、レイズン家が全て買い取ったの」


「なるほど。これは戦乱の時代の名残か。残す価値があるな」

「ああ、分かるんだ。そう、この辺りの建物は丈夫にできている。魔物の力でも簡単には壊せない。あたしはここに商品なんかを置いているけどね。ま、取り壊しを止めたのは、思いの他丈夫で、なかなか作業が進まなかったせいもあるんだ」

 クルミは端に建っている少し小さめのその建物の鍵を開き、中に入った。建物は二階建てだが、クルミは二階には向かわず、棚の後ろの隠し階段を降り、地下へと向かった。


 地下には武器庫があり、クルミは並べてある内の一つの剣をアルに渡した。

「これでいいかな。魔のものがどれだけいるか分からないから、戦える状態にしないとね」

 剣を装備したアルは、クルミと頷き合い、行こう、と促すが、パティはアルの服の裾を掴んだ。


「アル、あの、わたし――」

「パティ、君はここで待っていて。魔族はどんな力を持っているかも分からないんだ」

 アルはパティに向かい、一緒に来たそうにしている彼女を制するように言った。

「僕のことは大丈夫だ。でも君を護れる自信がないから、連れては行けない」


「そうだよパティ。あんた足手まといになるだけでしょ。アルにはあたしが付いているって言ったでしょ」

 パティは、二人にそう説得され、渋々、それを受け入れたのだった。

「パティ、僕たちが行ったら扉を閉めて、何か聞こえても開けちゃだめだ」


(なんか、子供に言い聞かせるみたいだなあ)


 アルがパティに話す内容を聞いたクルミは、腕を組み、内心で思っていた。

 パティは、はい、とがっかりした様子で言い、

「どうか、気を付けてください」

 と二人をじっと見て言った。

 


 パティと別れた二人は、城へと近づいた。外には魔物の気配はもうほとんどなく、目的地である城の内部へ入ったようだった。

 クルミは辺りを警戒しつつ、城壁に近づき、ぴょんとジャンプをする。

 十メートル以上はある城壁の上に乗っかると、

「大丈夫、魔物の気配はないよ」

 そう言い、先ほど持ってきたロープをアルに向かって垂らした。アルはクルミの跳躍力に唖然とした。

 アルは彼女ほどの跳躍力はないので、垂らしたロープを登り、二人は城壁の内側に入った。


「どこへ向かう?」

「王家の者たちとネオを探そう」

 アルは自分の武器を取りに行きたかったが、事は一刻を争う。ひとまず諦めるしかなかった。

「移動してないなら、ダンスホールだね」

 その時、再び魔物が現れ、二人は武器を構えた。

 少数の魔物であり、アルはクルミに借りた良質の剣のお陰で魔物をあっさりと倒し、二人は難なく突破することができた。


 しかしダンスホールに近づくに連れ、倒れた兵士や召使いの姿も多く見受けられ、アルたちはその哀れな姿を横目に、既に命を手放したであろう彼らを素通りしていった。

「これは……パティを連れて来なくて正解だったね」

 クルミは呟き、眉を寄せた。

 ダンスホールの中は血の臭いが充満し、二人は濃い臭いに腕を鼻にあてた。先ほどまで華やぎ、美しい音楽を奏でていたそこは嘘のような地獄の光景へと変わっていた。

 乗り込んできた魔物と対峙した兵士だけではなく、武器を持っていない貴族や従者たちまでが無残な姿を見せていた。倒した魔物もいるが、死んだ人間の方が圧倒的に多い。


 その死体の中から、一人の兵士がもぞっと動いた。その男は腹と肩に大きな傷があり、抉れていた。アルとクルミはその男に近づいた。

「大丈夫か?」

 と言い、アルは片膝を付き、男を案じて声をかけるが、男は咳をし、大量の血を吐いた。

 これはもう手の施しようがない。死ぬ寸前だ、と二人は思った。


「王たちが、殺される」

「王たちが? 魔のものは王族の命を奪う気なのか?」

 話しをさせるのは苦痛を伴うが、今はこの男から聞き出すしかなかった。

「そうだ。王族が絶えれば、国は力を失い、潰し易くなると……。王たちは、連れて行かれた。王は……、玉座の間に宝があるから、それを渡すと……。どうか、王を――」

 男はアルの腕の中で息絶えた。

 アルは一度顔を背け、苦しげな顔をし、再び男の顔を見てその体をそっと横たわらせた。


「城の中だけの兵力とは言え、大国グリーンビューの兵士たちがやられるなんて……!」

 クルミはダンスホールに着いた時から衝撃を受けていた。

 もし、国に散らばっている兵力が分散していなければ、今回のような魔物の軍団にも対応できていたかも知れない。

「玉座の間か。急ごう」

 アルは立ち上がり、二人はダンスホールの出口へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る