68 西大陸~旅路・グリーンビュー国~
第三大陸・西大陸編
船が西大陸の海域に入ると、寒さはほとんど感じなくなり、あれほど身を震わせていたのが嘘のように暖かな気候に変化していた。
「西大陸の海域に着いたんだな。暖かい風だ」
アルたちは船の甲板で立ち話をしていた。
「ようやく過ごし易い大陸へ行けるのですね」
ネオが晴れやかに言った。
船の中のネオはあまり機嫌が良くなかった。
理由は、船は思ったより狭く、女性がほとんど乗っていなかったからだ。ネオは新たな大陸に期待を寄せているのだった。
前回訪れた北大陸では女性と関わることはほとんどなく、今も寂しい思いをしているからだ。
「ああ、やっと船を降りられるのですね。待ちくたびれました」
「ネオ、あなたって本当はモテないのですね。口先ばかりなところがありますものね」
悪びれずにいうパティに、ネオのこめかみはひくついた。
「たまたまですよ。それにお子様のパティには私の魅力は解らないだけです」
そんな二人の間で、アルは困った顔をし、まあまあ、とネオを宥めた。
アルたちの乗った船は西大陸へと着き、彼らはグリーンビュー国王都へと向かおうとした。
船が着いたのは港町の市場だった。食べ物店や武器防具店などが連なり、活気に溢れていた。
服屋で冬服を処分し、それぞれ動き易い薄手の服に着替える。また露店の食べ物屋で食べ物を買い、食べ歩いた。アルもネオも高貴な身分なので、食べ歩きという行為は初めてだったが、もっちりとした小麦粉でできた皮に肉や野菜の入った食べ物はとても美味しかった。
アルは二度ほどグリーンビュー国へ行ったことがあった。グリーンビュー国は発展的な国であり、およそ一年振りだが、国は更に発展しているように見えた。
王都につくと、その人口密度の多さにネオもパティも感嘆した。
家々は密集し、民の住む家には三階建て程の細長い建物で何世帯かが暮らしているような家もちらほら見られた。
店も多く、珍しそうな物を売っている店にパティは興味を示した。
ネオは別行動をとると言い出し、軟派することは目に見えていたが、ネオにはそういう時も必要なのだろうと思い、アルは了承した。
「ネオ、夕刻過ぎには城へ来て欲しい。多分今夜はダイス王に宴に誘われるだろうから」
「グリーンビュー国のダイス王は催し物が好きだと噂に聞いたことがあります。私に舞を舞って欲しいのですね?」
「ああ。ネオ、頼めるか?」
「ええ、アル。あなたには借りもありますからね」
「有難う」
アルが礼をいうとネオは頷き、口の端を持ち上げた。
「いいえ。お気になさらずに。久しぶりに着飾った女性たちにも会いたいだけですよ」
アルの気持ちを知ってか、ネオは言った。
アルはダイス王の気を惹くためにネオの素晴らしい舞いを見せ、機嫌を取りたかった。そのことはネオを利用するようで気が引けていた。
パティとアルが二人になると、アルは西大陸やグリーンビュー国についてパティに説明をし始めた。アルはいつも新しい大陸へ着くと色々とパティに教えていた。何でも興味を示す子供のようなパティは、アルの説明を聞くのが好きだった。
西大陸グリーンビュー国は、恵まれた地形と温かな気候に恵まれ、一年を通して作物の実りが良く、また優れた職人も多く、良質の武具も多く生産され、七大陸最大国、ウォーレッドに次いで武力の長けた国として知られていた。需要と供給が安定し、民にとってもグリーンビュー国は貧困差の少ない、幸福度の高い国と言われている。
それは西大陸で名の知れた商人、ジュゴ・レイズンによる戦略が大きかった。
噂によるとレイズン家では王家よりも莫大な財産を保有し、レイズン家による王家への納税がなければ西大陸の平穏は揺らぐとさえ囁かれていた。
城の門番の衛兵たちに名乗り、アルとパティはグリーンビュー国の城の敷地に足を踏み入れた。
城に着くには随分と道のりがあり、歩いて行けば2時間以上はかかると言われ、衛兵は馬を貸してくれた。
アルとまた馬に乗れたパティは嬉しかったが、やはり息づかいも聞こえるほど近くにアルがいることはパティの胸をドキドキと煩くさせた。
暫くすると城の前の広大な敷地の庭園に着き、アルは先に馬から降り、手を差し出してパティが降りるのを手伝った。
美しいシンメトリーの庭園の前に、城は聳えていた。色とりどりの花々は、ダイス王が愛する妻と娘のために作ったものだと噂されていた。
城を前にするとパティはその城のあまりの大きさに暫く茫然とした。
城門は四つ並び、青色の屋根に白い城壁が敷地を取り囲んでいる。城壁塔や側塔は幾つもあり、見渡す限り城の敷地だった。
城門には何名かの見張りの兵士がおり、不意に城から一人の少女が出て来ると、兵士たちは敬礼をした。
少女はアルを見ると笑み、花の模様のあしらわれた薄いピンク色のドレス姿で急いで傍に寄った。
「アル、久しぶりね。変わらず凛々しいお姿だわ」
と、少女はドレスの裾を持ち上げて嬉しそうに礼をした。
「セトラ王女。久しぶりだね。元気そうで何よりだ」
アルはセトラの手を取ると、正式な挨拶――、足を後ろへ出し、彼女の手の甲にそっとキスをした。
「もっと早くに会いに来て欲しかったわ。私、待っていたのよ」
セトラは顔を赤らめ、少し口を尖らせたが、愛らしい仕草だった。
王女セトラは肩までの藍色の髪と瞳をした、気品と自信に満ちた少女だった。年はアルと同じ15だが、大人びた雰囲気だ。
アルは少し困った顔をして、横にいたパティの背に触れた。
「彼女は天使のパティ。共に旅をしているんだ」
アルが笑顔でいうと、パティは服のスカートの裾を持ち、ぺこりと頭を下げた。
「はじめまして、セトラ王女。パティと申します」
セトラはその時、ふいとそっぽを向き、むっとした。
「アル、あなたがこの国を訪れた日にはダンスパーティーを催してくださるとお父様と約束しているのよ。アルは勿論出席なさるでしょう?」
セトラはパティと挨拶を交わすことなく、すぐにまたアルに向き直った。
挨拶をしないセトラに多少戸惑ったが、アルは頷き、
「勿論、出席するよ」
というと、セトラの顔がぱっと輝いた。
「良かった。ねえアル、あなたに見せたいものがあるのよ。こっちにいらして!」
セトラはアルの腕を掴むと、強引に引っ張り、城の中へ入っていった。アルは、礼儀やその優しさゆえ、王女の腕を引き離すことはなく、なされるがまま着いて行く。
パティはぽつんと置いてきぼりになり、何だか悲しくなってしまった。しかしそのことよりも、パティは胸の中にはびこるもやもやとした感情が気になっていた。
セトラがアルの腕を取って行ってしまうことが嫌で堪らなく、またアルがセトラに優しく微笑みかけるところも見たくなかった。
何だか醜い感情が押し寄せてくるようで、パティはぎゅっと胸元の服を掴んだ。
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