67 マディウス王の不安

 その後、数日が経ったある日、メイクール城に手紙が届いた。


 その手紙はアルがムーンシー国に滞在していた時に書いたもので、ムーンシー国の使いの者により、城へ届けられた。

 届けた者はメイク―ル城の執事にそれを渡すと、役目を終えて自分の国へと帰って行った。

 執事は手紙に刻印が記されているのを確認し、警護部隊隊長のカイルに手渡し、手紙を読み終えたカイルは血相を変え、国王であるマディウスへと渡した。


 マディウスは手紙を読んでいる途中からそれを持つ手が震え、普段は穏やかな眼差しの眼は見開かれていた。

「まさか、王女メイリンが……生きていたか」

 椅子に腰かけたマディウスは、しばし茫然とした後、口ずさむ。

「それにアルタイアの命が狙われているとは」

 マディウスは思わず手紙を取り落し、頭を押さえた。


「ついこの間、ウォーレッド国の貴族船に魔族が乗っていたことが判明したばかりだというのに――」

 マディウスは蒼褪めた顔でため息をついた。

「カイル、すぐにアルの元へと行き、アルを護ってくれぬか?」

 マディウスは相談相手でもあり、友でもあるカイルの顔を見た。

「王、私はこの国を動きません。王子は私が教えた中でも群を抜いた強さを持っています。そして十字剣の使い手でもある。歴代の王族の中でもあそこまで十字剣を自在に扱えるのは、アルタイア王子だけでしょう」


「ならば放っておくのか?」

 マディウスは少し苛立って言った。


 王妃シェスカはアルがまだ物心つく前に病で亡くなっている。アルはメイクール国王族の唯一の正統な後継者であり、シェスカの残した大切な忘れ形見でもある。

 アルはマディウスにとってこの世の何よりも優先すべき者だ。だがカイルにとっては息子を殺した忌むべき存在でもある。にも拘らず、カイルはアルを心から許しているように見えた。

 果たしてカイルは本当はアルをどう思っているのか、マディウスにも図りかねていた。


「マディウス王、アルタイア王子の元へはロゼスを向わせましょう」

「ロゼス……そうか。確かに、それがいい」

 ロゼスならばカイルの代わりを十分に勤められる実力があり、また今回の指令には打ってつけの者と言えた。


「気になるのは魔族の動きです」

「ああ。アルには引き続き他国の王との謁見をさせねばならぬな。友好関係を築くことが我が国では最も重要なことだ」

 カイルは、ええ、と深く頷いた。

「アルタイア様の手紙によれば、選ばれた人間と、神具が狙われていると。イーシェア様を暫く城に住まわせ、また巫女の警護を強化致します」

 カイルは神妙な面持ちで言った。

 イーシェアは選ばれた者だ。そのことをカイルもマディウスも知っていた。しかし他のごく一部の者を除きそのことは知られていない。

 魔族にイーシェアが狙われていると知れば、ロゼスは今度こそ命令には従わないだろう、とカイルは思った。


「ロゼスを連れて来てくれ。私が直接話そう」

 マディウスが言った話すことは、イーシェアのことではなく、この国とファントン国との間に起きた出来事を指していた。

 アルが元王女であるメイリンに命を狙われている経緯を、ロゼスは知る必要があった。

 カイルは頷き、ロゼスを連れて来るよう、扉の外に控えた執事に命じた。

 

 王から呼ばれ、ロゼスは二つの国に起きたある出来事について知ることとなった。


 その僅か1時間後には、ロゼスは港へ向かう馬車を走らせ、揺られながら、ぼんやりとその景色を眺めていた。

 自国の王子、アルの警護の任務に向かうためだ。

 実に穏やかな田舎道で、つい数か月前にこの道を天使の少女と共に眺めていた。その時も気が重かったが、今ほどではない。

 ロゼスは穏やかな景色の中で馬を走らせていたが、胸中は騒がしかった。

 

 がたがたがた。

 馬車が路上を走る乾いた音が、ロゼスの胸を一層搔き乱すのだった。

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