51 ジルとロミオ 後半

「二人とも、体は大丈夫みたいだね。改めて自己紹介をするよ。僕は歴史学者であり、趣味で道具の発明もしているんだ。ジルは僕の同居人兼、助手ってとこかな」

 沈黙を破るロミオの朗らかな声が部屋の中に響いた。


 ロミオは、自分用の食後の珈琲を淹れ、ジルのために温かいミルクを注いだ。

 ジルは、ソファで膝を抱えて座っていた。

 ロミオはソファの前の小さなサイドテーブルにミルクを置いた。


「ネオ、ジルを警戒しなくても大丈夫だよ。この子は良い子だから」

 ネオは、少年をじっと見つめていたことに気付き、コホン、と咳払いをし、視線を逸らした。ついこの間、魔族やその手の者と戦ったばかりだったので警戒していた。


「あの、ロミオ。わたし、すぐにアルを探しに行きたいのです。アルが心配なのです」

 パティはジルが混血だということは気に止める様子はなく、他のことを言った。

 パティの頭の中はアルのことでいっぱいだった。


「ああ、君たちの仲間か。それは心配だろうけど、外はまだ吹雪だし、もう陽が暮れる。これから探すのは無理だよ」

「そんな――」

「だが、その人は恐らく、無事でいるだろう」

 顔を曇らせたパティに、ロミオは続けていう。

 パティはロミオの言葉にパッと顔を輝かせた。

「争った形跡もなかったし、馬もいなかった。馬で移動したのかもしれない」

 ジルは静かに言った。


「アルが勝手に馬に乗ってどこかに行くなんて……」

 パティの胸に再び不安が過った。

「パティ、心配していても仕方がないですよ。アルのことを信じましょう」

 ネオは、パティの沈んだ顔を明るくしようと、朗らかに言った。

「さあ、スープが冷めてしまいます。いただきましょう」

 ネオの言葉にパティは頷き、テーブルに出されたスープを一口飲んだ。


「今日はもう陽が暮れる。明日には吹雪も収まるだろうから、明日探すといいよ。移動したなら、この村にいないとすれば王都に行った可能性が高い。丁度、王都に行く用があってね。ついでに連れて行ってあげよう」

「本当ですか!」

 パティは前のめりに叫んだ。

 それを見て、ロミオはにこ、と悪戯っ子のように笑んだ。 


「その替わり、頼みがあるんだけど」

「頼み?」

「そう。天使の生態を知りたいから、血液を少しくれないか?」

「え、血ですか?」

 思わぬことを言われ、パティは頬を引きつらせた。

 それを見て、ロミオはぷ、と吹き出しそうになる。


「悪趣味ですね」

 ネオはロミオの態度を見て、悟ったように呆れ顔で言った。

「冗談だよ。僕は生物学者じゃないから。歴史学者だと言っただろう。話しを聞かせてくれればいいよ。天使や、天世界のことを詳しく知りたいんだ」

「ああ、そうでしたか」

「パティ、怒っていいですよ。こんな時に冗談などと」


 ほっとしたパティの声に、ネオはロミオを冷めた眼で見た。

 パティは怒ることはなかった。それはロミオの真意を理解していたからだ。


(ロミオは、わたしの心を軽くしてくれようとした) 

 ロミオは、ごめん、ごめん、と言って笑った。



 朝になり、吹雪は夜更けに収まり、朝方には雪は上がって晴れ間が見えていた。

 アルは、城内に用意された客間で一晩過ごし、朝日が昇ると同時に二人を探しに城を後にした。アルを見送ったのは、王直属の護衛のライナだった。


 ライナは、客人には早すぎる時間にアルの部屋をノックした。

「アルタイア王子、王が朝食を一緒にどうかと申されています」

 扉を開いたアルは、王側近のライナが客人を食事を誘いに来るとは珍しい、と思った。

「ライナ殿。失礼だと承知しているが、二人が心配なので、今度こそ、探しに行かせてもらう。バノン王には改めて伺うと伝えてくれ」

 ライナはその答えには予想がついていた。

「やはり、そうですか。ええ、今度は止めませんよ。今日の天候は良いです。しかし、昨日、あなたを止めたのには天候の他にも理由があります」

 食事に誘うというのは口実で、ライナは、アルに話があった。


「この国には今、魔のものが入り込んでいるのです。周囲の村や王都の中でも、もう何人も死んでいる。しかし、誰もまだその姿を見ていないのです。兵士に探させてもその痕跡すら見当たらない」

「そうだったのか」

 アルは、身支度を整える手を止めた。

「昨日この話をしなかったのは、あなたが余計に心配されることを王は危惧していたのです」

 バノンは、見た目の頼りなさとは違い、深い考えの持ち主だとアルは思った。


「この国には魔について詳しい学者がいます。彼の研究対象は魔や天、地上を含めた歴史ですが、魔の動きについても彼は調べている。彼の名は、ロミオ・クルス」

 その学者の名は、アルも聞いたことがあった。

「ロミオの話によると、魔は近い内に大きく動き出すというのです。村や町に魔のものが入り込んでいるのもそれが関係していると――」

 確かに、今までの魔のものの行動とは異なる、とアルは思う。


 魔族は国や町に入り込んだとしても目立つ行動は取らなかった。兵士や剣士に見つかることを恐れていたのだ。しかし今、このカストラ国では魔による被害があり、カストラ国だけではなく、ムーンシー国でも、魔は大きな動きを見せていた。


「我々も、行方知れずのお二人を探させましょう」

 ライナはそう言い、話を終えた。

「ライナ殿、お気遣いに感謝する。僕は昨日通った、林道を探す。王都周辺の捜索を頼みたい」

「わかりました。アルタイア王子、お気をつけて」

 アルは頷き、城内を後にした。

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