24 嵐の海 後半

 食堂は広い作りで、丸テーブルが幾つも並び、奥に厨房があった。

 客たちはテーブルでわいわいと賑やかに話に花を咲かせ、肉料理や魚料理、サラダやワインなどを楽しんでいた。


「凄いご馳走ですね」

「ああ、この船はメイクール国で一番大きな船なんだ。力を入れている観光業の一つだ」


 二人はテーブルについたが、同時に灯りが消え、船が激しく揺れた。

「うわっ」

「きゃあ!」

 次いで悲鳴が飛び交った。

「どうしたんだ?」

 アルは動き回っていた船員に訊ねる。

「嵐になった! 雨風はあったが、天候が悪化したんだ」


 船の揺れのせいでテーブルの上の物は落ち、皿が割れたり椅子やテーブルが床を滑ったり倒れたりした。

 周囲の客たちが椅子から離れ、叫び声をあげ、また慌てて部屋に戻ったり甲板に出る客で周囲は混乱した。


 ドン!

 パティは近くの客に押されて転んだ。

「パティ!」

 アルは少し離れた彼女の傍に駆け足で寄り、腕を引っ張った。

「大丈夫か?」

「は、はい……」

 アルは彼女の腕を掴み、立ち上がらせるとパティを庇いながら周囲を警戒した。

「パティ、ゆっくりでも甲板に出てみよう。状況を確認したい」

 アルがいうと、パティは頷いた。


 甲板では船が引っくり返るのではないかと様子を見に来た客たちが、嵐の中船長と乗組員の様子を遠巻きに伺っていた。

 アルたちも近づく。

 帆の手前、船長が倒れた乗組員を心配気に見ていた。

 若い乗組員は足を折ったらしく、足を押さえ、痛みに顔を歪めている。


「どうしたのですか?」

 パティが船長に訊ねる。

「帆を畳もうとしたんだが、この雨風で縄梯子から落ちちまって……! オレは足が悪ぃから、他の奴を探そうと思ってんだが――」

「そうか」

 というと、アルは、

「パティ、ここで待っていて」

と柔らかな表情でいい、長いマントを脱ぎ、パティに背中からそれをかけた。

「このマントなら服が濡れないから、被っているといい」


「あの、アル、まさかあそこに登るのですか?」

 パティは雨風の激しい中、船の頭上高くにある帆を見上げる。

「ああ」

 アルは短く言った。

「兄ちゃん、やめとけよ。素人がこんな天候の時に梯子なんか、こいつと同じ目に遭うだけだぜ」


 アルは一般客の格好ではあるが、見た目は貴族そのものの上品な顔立ちで、どちらかと言えば細身なので、帆を畳むという力仕事ができるようには見えなかった。


「客たちがパニックになっている。乗組員を探すのはそれだけで時間がかかる。船の揺れも酷いし、僕が行く方が早い」

「でも、アル、あなたの体では風に流されてしまいます!」

「大丈夫だ、パティ」


 何の根拠があるのか、アルはなぜか自身に満ちた顔をしていた。

 王家の血筋のせいなのか、アルの物言いには不思議と説得力があった。


 アルが服の袖を捲ると、体は細身なのに筋肉がしっかりとつき、また日々訓練する兵士と同じように、腕に木刀で打ち込まれた痣の跡が幾つかあった。

 アルは雨風に縄梯子を多少登り難そうにしていたが、すいすいと登っていき、あっという間に マストの中間部分まで辿り着いた。


「これでもあらゆる事態に対応した訓練を受けている、心配しないでくれ」


 マスト頂上はかなりの高さで、風も甲板に比べ随分と強いようだった。

 アルは煽られ、パティははらはらしたが、それでも、数秒でマスト頂上に着くと、パティはほっと息をついた。

「やるなあ、あの兄ちゃん」

 船長もアルが素早く縄橋子を登って行ったのを見て、感心した。


「帆を畳め!」

 船長が叫び、アルはマストに括られた縄に器用に足を下ろし、固定し、帆を畳み出す。

 マストは三つあった。

 慣れない作業なので、一つのマストを畳むのに数分はかかった。

 マストを一つ畳むと、少しは船の揺れは収まったようだった。

 そのうち、駆け付けた他の乗組員が、アルの作業を手伝い始め、ようやく全ての帆を畳み終えた。

 作業を終えると風の煽りがだいぶ収まり、船長や乗組員の操縦で船は徐々に落ち着きを取り戻した。


「兄ちゃん、やるじゃねえか。助かったよ」

 船長はアルが仕事を終えて戻ると、肩をぽんと叩いて感謝を述べた。

「嵐は暫く続きそうだが、船は安定したからもう大丈夫だ」

「そうか、良かった」

 アルは言った。


 パティはアルが船の甲板へ戻ると、

「アル、あなたって意外と無茶するのですね。とにかく、無事で良かったです」

 ほっとした顔で、褒めたのかそうでないのかどちらとも言えないことを言った。

「無茶か。久しぶりに言われたな、そんなこと」


 しかしアルは不機嫌ではなく、パティに相変わらずの朗らかな顔を見せていた。

 パティは、その蜂蜜色の瞳に少し明るい光が宿ったような気がして、つられて笑んでいた。



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