21 魔族との対決、クルミとロゼス 前半
クルミは真っすぐに持っていた短剣を、右腕の肘を曲げ、剣の柄を顔の近くに持っていき、右手の指を正面に向ける格好に短剣を持ち替えた。
「パティ、じっとしていて」
クルミは向かってくる三人の男たちに自分から走って近づいて行く。パティが近くにいると戦いにくくなるためだ。
「クルミ!」
パティは突然のことによく分からないまま、クルミはゲルマの手下の男たちに向かって走っていた。
パティは男たちに戦いを挑むクルミを案じたが、その心配を他所(よそ)に、クルミは剣を振り回す男の攻撃を避け、懐に入り、短剣で切り裂いた。
「ぐあっ!」
男の一人は倒れたが、もう一人がクルミの横にナイフを突き出した。
クルミはぐるりと向きを変え、左膝を曲げながら持ち上げる。クルミの左腿には小ぶりの盾が括られ、男の突き出したナイフは盾に当たり、ガン、と大きな音がした。
クルミは持ち上げた足を今度は勢いよく突き上げた。
彼女のブーツの先は男の顎にヒットし、男は後方へ飛ばされ動かなくなった。
(なんて力、凄い……!)
パティはクルミの闘い振りに茫然とし、開いた口を塞ぐように両手で口元を覆った。
(年も背丈もあまり変わらないのに――)
パティはクルミがどれほど努力し、鍛錬してきたかを想像できずにいた。彼女が血の滲むような努力をしてきたことは間違いない。しかしクルミには紛れもない、戦いの才能があった。
「何をやっているんだあ! そいつはもういい、天使を確保しろ!」
ゲルマが叫ぶと、残った手下はパティに向かって走る。
「パティ、逃げて!」
クルミが叫んだ。
(ダメだ、ここからじゃ遠い!)
クルミはパティの元に走りながら拳を握った。
パティは逃げなきゃ、と思ったが、体がすぐには動かなかった。
(今パティを人質に取られたらあいつの思う壺だ)
手下の男がパティまであと一歩、という時、ザン、と音がした。
男の背中に、ロゼスの投げ放った槍が刺さった。
男はパティの目の前でどさりと倒れた。
パティは胸が騒めいた。ほっとすると同時に胸の痛みが伴う。
敵の男の背から流れる鮮血が、パティにある思いを抱かせる。
(この人……死ぬの?)
「や、やめて! もう、こんなこと……殺すなんて!」
パティは気づくと叫んでいた。
クルミもロゼスも、魔族のゲルマもパティに注目した。
「殺すな、だと? これだから天使は腹が立つんだ」
口火を切ったのはゲルマだった。
「お遊びじゃねえ、これは命を懸けた戦いなんだよ!」
ゲルマは言い、剣を翳してロゼスに向かって襲いかかった。
「計画を台無しにしやがって! 人間があ!」
ゲルマは剣を振るった。風圧で周囲の風が唸る。
しかし今のロゼスは武器を持っていない。ロゼスは何とか、攻撃を紙一重で
「クルミ、何とかならないのですか、ロゼスが……!」
パティは近くに来ていたクルミの腕をぎゅっと掴み、訴える。
「あの長剣じゃ、あたしが入っても魔族の体に触れる前にやられる。間合いが違いすぎるよ」
「それじゃあ、ロゼスは――」
「助ける方法がない訳じゃないよ」
クルミは、手下の男が持っていた剣を拾い、構えた。
「長剣は扱いにくいんだけど――」
その剣は長めに作られ、クルミの背丈の半分以上あった。太さもあり、かなりの重さだ。
しかしクルミは剣を一振りし、その重さを確かめ、納得したように頷いた。
「パティ、わかるよね? 魔族との戦いっていうのは命の取り合いだよ」
「分かっています。確かに魔族はわたしを攫いました。ですけど、わたしを傷つけたり殺そうとはしなかった! だから……」
クルミの諭すような口調に、パティは俯きがちに、言葉を紡いだ。
「殺されなかったから殺すなって? それはパティを殺す必要がなかったからってだけだよ。魔族は大嫌いだけど、あいつの言うことには同感だね。そんな甘いこと言ってたら、こっちが殺されるだけ」
クルミは淡々と言葉を紡ぎながらも、戦いから目を離さず、二人の間に入れる時を狙っていた。
「あいつらがパティを殺すつもりじゃないとしても、さっき、人質に取られそうだった時、あの男をやらなきゃいけなかった。ロゼスの行動は正しい。あたしたちはパティを助けるという目的で動いている――、目的を果たすためには命を奪わなきゃならないこともあるよ。特に、力のある者を相手にするなら、ね」
二人の戦いを見つめていたクルミは、突如、動いた。再び、ゲルマがロゼスに刃を降り降ろす、その時。
クルミが二人の間に割って入り、ゲルマの剣を拾った剣で受け止めた。
流石に体の大きさが不利だ、クルミは攻撃を受け止めたが押されて倒れた。ゲルマは転んだクルミの真上から切りつけようとする――、が、クルミは素早く体を捻り、避けた。
「ちっ、素早い小娘だ!」
舌打ちしたゲルマは、攻撃を続けた。
丸腰のロゼスを狙ってもクルミが間に割って入るので、くそ、と言いながらゲルマはクルミに狙いを切り替えた。
ロゼスはひとまずその場から退散し、槍を拾いに行った。
ロゼスが倒れた男の背から槍を引き抜くと、男の体から血が噴き出した。パティは思わず目を背けた。
「パティ、怪我はないか?」
ロゼスは鮮血で汚れた槍を片手に、グレイ色の瞳をパティに向けた。
「は、はい」
「それなら、飛べるな?」
「え?」
パティは、呆けた顔をした。
ロゼスがなぜそんなことを訊くのかパティは分からなかった。
「王子の船はさっき出航した。だがまだ遠くには行っていない。見えるか? あの一番大きな船――、あれがそうだ。あそこに王子がおられる」
ロゼスは、海の沖に出ていた、小さくなりかけたその船を指差す。
パティは、話の途中からロゼスの言わんとしていることが分かった。けれど、今はとてもそんな気になれない。
「パティ、行くんだ。王子の元へ、飛ぶんだ」
「で、でも……」
「大丈夫だ、俺たちは。あの魔族に殺されはしない。それにお前がいてもどの道戦力にはならない」
「それは、そうでしょうが」
「お前の翼なら、まだ間に合う。早くしなければ船に追いつけなくなるぞ」
船は速度をどんどん上げているようだった
風に乗り、波の合間に揺れている船は徐々に、小さくなっていく。
「で、でも、クルミまで戦っていますのに――」
「今行かなければお前は王子に会う機会を失うことになる。パティ、行くんだ。俺を信じろ! 俺もクルミも死なないし、負けはしない」
まだ迷っているパティに、ロゼスは更に畳みかける。
ロゼスは槍を構え、立ち上がった。
「たあ!」
掛け声と共にクルミは剣を大きく振るった。
がきっ、と剣同士がぶつかり、火花が散った。
パティは改めて見たクルミの戦う姿に、唇を噛みしめる。
(そうだ、二人はわたしを助けるために戦っているんだ。ロゼスは、わたしを王子に会わせるために、今まで助けてくれていた――)
「ロゼス、わたし行きます。アルに会います、わたしの目的を果たします!」
パティは靄が晴れたような顔でロゼスにいうと、その場で着ていたコートを脱ぎ捨てた。
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