2 メイクール国の王子アルタイア 前半
周囲を緑に囲まれた茶のレンガ作りの城はさほど広大な敷地に建てられたものではない。
しかしその温かみのある古びた色合いは情緒を漂わせ、城の前方には、その国――、メイクール国の象徴である、翼の生えた馬のような顔の獣が、石を銜えている像があった。
城壁は高くないが、周囲の草木や花はよく手入れされていた。
城への扉は閉まっているが、跳ね橋は降り、今は国民の誰もが城の敷地へと入ることを許されていた。
城の中央にあるテラスには、穏やかな口髭を蓄え、赤茶色の長いマントを羽織ったマディウスと、彼の右腕と言われる長身の筋肉質な男が傍らに立っていた。
「今日の良き日を迎えられたことを、メイクールの神と、そなたらに感謝する」
マディウスは王都を見下ろし、城の前にいる民たちに語りかけた。
彼の言葉に、見守っていた群衆が湧いた。
シトランマディウス・ロード・メイクール。
マディウス王と呼ばれ親しまれる彼は今年で四十三になる、このメイクール国の王だった。
すぐ左隣には、精悍な顔立ちの長身で筋肉質な体躯の男、カイルが穏やかな顔でその様子を見守り、王のすぐ後ろにはやや小柄ながらも、凛々しい顔をした蜂蜜色の瞳の少年がいた。
「今日は我が息子の十五の誕生日。国をあげて祝おうじゃないか。また我が子アルタイアは、明日、各国を旅することになる。幸多き旅となることを、願ってくれ」
再び群衆が湧いた。
彼らは一斉に少年に注目した。人々の目は温かかった。
「さあ、アルタイア」
マディウスに促され、少年が進み出る。
「皆、今日は集まってくれて、ありがとう。僕は今日で十五になった」
王子アルタイアは、若くはつらつとした口調で、民を見回しながら言った。
「この国は豊かとは言えないが、国のためにできることを何でもしたいと思っている。どうか、これからも支えて欲しい」
年若い王子は誰もが共感を覚えるであろう清々しい声で言うと、うねるような拍手が沸き起こった。
アルタイアことアルは、凛々しくも穏やかな面差しに、柔らかな瞳をしていた。
国の少女たちは噂する。
アルの瞳は大きく蜂蜜色で、口角が少し上がっていて、少しあどけないが美しい少年だと。
マディウスのように秘めた厳しさはないが、気品に満ち、どこか守ってやりたくなる愛らしささえ伺える。
アルが人気があるのは何もその見た目に限ったことではなかった。
王子は民とごく近い場所でさまざまな交流をし、気取りがなく、それでいて勤勉だった。
決して豊かではないメイクールの人々にとっての一番の宝が、アルタイア王子その人であった。
アルは傍に仕えた精悍な男、カイル・ディグラスを一瞥した。
アルの視線に気づいた男はゆるりと笑み、小さく拍手を送った。
青い目の男の表情は明るく朗らかだった。
だがアルは彼の顔を見る度に、胸の奥に疼きに似た痛みを感じずにはいられなかった。
窓の外が白み始めていた。
鳥の囀りが微かに聞こえる。
ゆっくりと静かに、メイクール国にいつもと同じ朝が訪れる。
しかしアルにとっては普段通りの朝ではなかった。
メイクールの昔からのしきたりで、十五の誕生日を迎えたアルは各大陸王を訪ねる旅に出るのだ。
アルはベッドから起き出し、着替え始める。
襟元に刺繍の入ったオリーブ色の長袖の服の上から皮のベストを着こみ、足元は黒のパンツに蛇の皮のブーツ。
同じ素材のベルトには鞘が取り付けられており、腰の左側にはブラッククリスタルと呼ばれる貴重な石でできた刀身の黒い剣が、右側には十字型の珍しい形の剣が納められた。
それはメイクール王家に伝わる
北西大陸にあるメイクール国は今の時期かなり冷え込む。
最後に、金貨や薬など最低限の必需品の入った袋を担ぐ。
アルの格好は王子という身分を隠すため、着るものはごく一般的な旅人のものだった。
アルは白い空を眺めた。胸がざわついていた。
メイクール国を出て他大陸に行ったこともあったが、長期間、また一人きりで旅に出るのは初めてだ。
アルは出窓から顔を出すと、心地よい冷たい風を頬に感じ、目を閉じた。多少の興奮はあった、だが晴れやかなだけの心持ちではなかった。
アルはほんの数日前、王に自室に呼ばれたことを思い返した。
「アルタイア。メイクール国で王となる者が各国を旅をする決まりができたのには理由がある」
マディウスは低い声で話し始めた。
普段の父とは様子が違い、鋭い口調だった。
「お前も国の歴史については学んでいるな。およそ三百年前、各大陸王は船を造り、自分たちの住む国以外にも大陸があることを知った。そうして、愚かにも人々は領地を広げるため、富を得るために争った」
世界は海を挟んで七つの大陸から成っている。
北、南、西、東、北西、南西、北東に大陸は存在し、それぞれ大陸王と呼ばれる王が存在する。
大陸王は村や町の長を使い、自分の大陸を治めてきた。
メイクール国のマディウスも、北西大陸を治める大陸王の一人だ。
大陸王たちが互いの大陸の存在を知ることは、国や文化の発展には大いに役立ったが、やがて戦争という悲劇を生んだ。
領地拡大や富を得るため、他大陸を手にしようとした結果、争いが至る所で勃発した。
とある小国の一部は滅び、またある国では莫大な戦争資金を算出し、悲惨な状況に陥った。
ところが二百年続いた戦争は、約百年前、一部の国や小さな小競り合いを抜かし、ほとんどの戦争が突如、終わりを告げた。
「なぜだか解るか?」
問われたアルは蜂蜜色の瞳を上げた。
「人々の最も強敵となるものの出現――、つまり、魔族が現れたからです」
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