第609話「頬を赤らめたヒルデガルドはふうと息を吐き、まっすぐにリオネルを見つめ、 意を決したように告げる」

エステルの「彼氏居ません!」宣言から、話が大発展。

思わぬ形でリオネルの恋愛遍歴にまで及んだ。


女性との交際経験がない事。

好意を寄せられた事はあった事。


そして唯一の恋である『初恋』はあっさりと瞬時に砕け散った事……


ヒルデガルドは、リオネルの恋愛遍歴に興味津々。

会話は弾んだのだが、時間も押して来たので、

それ以上のカミングアウトはなかった。


この場でミリアンについて、根掘り葉掘り、

突っ込まれた『質疑応答』があったら困る、

という判断もあったに違いない。


「とりあえず明日の予定を決めましょう」と言う、エステルの提案で相談した結果、明日は衣食住のうち、残った『食』の店を中心に回るという事が決まった。


ただ食の店めぐりも午前中で終わってしまう。


午後をどうしようかという話になると、

ヒルデガルドの提案により、ランチを摂った後に購入した食材で、

かねての希望であったリオネルの作った料理を食べたいという話となり、

夕食をリオネルの料理にしようという話になってしまった。


実は現在リオネルとヒルデガルドが宿泊するスイートルームには、

宿泊者が調理をする為の本格的なキッチンが備わっていたのだ。


という事で、明日も午前9時30分に、エステルが迎えに行くという事で今夜は解散。


エステルはあいさつして辞去。

リオネルとヒルデガルドは部屋へ戻った。


そんなこんなで時刻は午後9時過ぎ。


各自別個にシャワーを浴び、寝巻に着替えたふたり。


「リオネル様! 明日も楽しい一日になりそうです! 本当に楽しみですわ!」


これは偽らざるヒルデガルドの本音である。


しかしヒルデガルドは、リオネルともっともっと話していたかった。


「リオネル様、今夜はもう少しお話ししていたいです」


「良いですよ、じゃあ、お茶の用意をしますね」


「あ、私も手伝います! これまでは事務官や使用人がやってくれていましたけど、自分でも出来るようにならなくっちゃ! 明日は料理を教えてくださいね」


前向きなヒルデガルドへ、リオネルは一連の作業を教えてから、

お湯は沸騰させておく事、適量の茶葉を使用する事。

ポット、カップを事前に温めておいてから、

湯を注ぐ事が適温で飲むコツだと教えた。


生真面目なヒルデガルドは、これまでリオネルから教授された重要なポイントについて、全てメモに記載していた。


お茶の淹れ方のコツと書いて、やはりメモをとった。


教授、メモ、理解、実践というのが、レッスンの流れである。


セッティング後、ヒルデガルドはメモを見ながら早速お茶をれてみた。

リオネルと自分のふたり分を。


どうやら上手く行ったらしい。


温めていた茶葉の入ったポットへ湯が注がれ、赤い水色が生じ、

良い香りがたちのぼる。


これまたお茶を温めておいたカップへ茶を注ぐ。


「リオネル様、どうでしょうか?」


「ばっちりです。美味しそうですよ。今夜はたくさん夕食を食べましたが、超ミニサイズの焼き菓子がありますから、軽くお茶うけで出しますね」


笑顔でヒルデガルドへ合格点を出したリオネルは、

お茶一式と焼き菓子の皿をトレイに乗せ、リビングのテーブルへと運んだのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


お茶の準備が整い、椅子に座り、向かい合ったリオネルとヒルデガルド。


カップをカチンと合わせる事はしないが、まるで乾杯のようなポーズで、


「今日はお疲れ様でした、ヒルデガルドさん」


「いえ、リオネル様。こちらこそ、いろいろと楽しく勉強させて頂きました」


という差し障りのない会話から雑談を交わす。


本日の買い物、おみやげを購入する気配り、おみやげ以外にリオネルが購入したものは公社取り扱い商品にするなどを話した。


そろそろ頃合いと見たのか、ヒルデガルドが言う。

おそるおそるという感じで恋バナを振る。


「さ、先ほどもお聞きしましたが……リオネル様は女性と交際された事がないと」


対してリオネルは笑顔で答える。


「そうです、残念ながらありませんね、デートに至らないレベルの会食くらいです」


「成る程。ですが好意を寄せられた方はいらっしゃるのですね? 妹のように思っていらした方が……」


「はい、旅の途中で知り合った師匠の身内で双子の冒険者姉弟の姉でした。姉と言っても俺より3歳年下で当時15歳でした、もう16歳になったはずです」


リオネルは少し遠い目をして語った。


「告白された後、この先、彼女が20歳になったら再会して、その時のお互いの事情によっては結婚しようかという話はしました」


「えええ!!?? け、結婚!!?? そ、そうなんですか!!??」


「はい、彼女は一途に俺の事を想ってくれていましたし、お互い大人になって再会したその時に改めて話そうと約束し、別れました。まあどうなるかは分かりません」


「……………………………………………………」


リオネルの言葉を聞いたヒルデガルドは無言、じっと考え込んでいた。


しばし部屋を沈黙が満たすが、ヒルデガルドは口を開く。


「あのリオネル様、初恋の方ってどういう……」


「はい、駆け出しの当時、担当して貰った冒険者ギルド王都支部の職員の女性です。まずは仕事の上である事、そして彼女には亡くなられた弟さんが居て、俺に雰囲気が良く似ていたので、優しくしてくれたようです。それを思い切り勘違いし、舞い上がってしまいました」


「その方とも……再会をされますか?」


「はい、彼女にもいずれは会いたいと思います……俺がランクSとなった事は知っていると思いますが、お世話になったお礼をしっかり伝えたいですね」


「いずれは会いたいと……」


「はい」


「……………………………………………………」


リオネルの言葉を聞いたヒルデガルドは再び無言、じっと考え込んでいた。


またも部屋を沈黙が満たすが、ヒルデガルドは口を開く。


「リオネル様」


「はい」


「私もリオネル様と同じかもしれません」


「ヒルデガルドさんが俺と同じですか?」


「はい、のぼせ上って、勘違いをしておりました。リオネル様が常に私へ優しく接し、ご配慮しつつ、こまめに面倒を見てくださるのは、おじいさまとご契約された仕事上であるから、と認識致しましたわ」


「……………………」


今度はリオネルが無言であった。


頬を赤らめたヒルデガルドはふうと息を吐き、まっすぐにリオネルを見つめ、

意を決したように告げる。


「だから、私も貴方様の想い人の候補となるべく、まずは告白を致します! 私ヒルデガルド・エテラヴオリは、リオネル・ロートレック様を心の底からお慕いし、愛しております! 誰よりも尊敬し、信頼しております!」


対してリオネルは柔らかく微笑む。


「ありがとうございます。俺もヒルデガルドさんを好ましく感じますし、とても素敵な方だと思っています。お気持ちは素直に嬉しいです」


「うふふ♡ こちらこそありがとうございます。私はリオネル様から本当に愛して頂けるよう努力致します。伴侶にしたいと想われるように、魅力的な女子になるべく、一生懸命に頑張りますわ」


健気に一途に、想いを告げるヒルデガルド。


ここまで言われたら、リオネルもはっきり意思表明しなければならない。


「こちらこそ、まずはヒルデガルドさんのご期待に応え、イエーラの為に良い結果を出せるように努力します。そしてお互いをもっと良く分かり合い、人生を共に歩んで行けると実感したら、その時には、ご相談の上で結論を出しましょう」


リオネルの返事は、目の前の仕事にまい進しながら、ヒルデガルドとコミュニケーションを取り合い、双方が納得した上で恋愛関係を結びたいというものだった。


このような時、軽薄で不誠実な男なら、好きだの、愛しているだの、君しかいないだの、心にもない甘い言葉で噓八百を並べ、偽ろうとするに違いない。


ヒルデガルドは嬉しくなり、裏表のないリオネルをますます好きになったのである。

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