第606話「はい、選べないくらい、全部が似合います」

エステルの先導で、リオネルとヒルデガルドがやって来た最初の店は、

化粧品店であった。


昨夜の『女子会』で盛り上がったうち、『美容』の範疇はんちゅうである。


店内へ入ったヒルデガルドは化粧品の種類の多さに心底驚いていた。

商品の値札もひとつひとつに添付されており、一目瞭然である。


リオネルがヒルデガルドや官邸の女子事務官、女子武官から聞いた話だと、

そもそもイエーラにおいて化粧品の種類は極めて少なく必要最少限という感じ。


またメイクに関しては、入念なものを施さないという。


イエーラでは、あくまでも薄化粧が主流であり、

目回りは勿論、口紅も淡い色が殆ど。

派手なメイクは、品がない、好まれないという保守的な考えらしい。

親を始めとした身内から、メイクの方法が勧められる場合も多いとの事。


だが、ソヴァール王国を含め、人間社会のメイクは違う。


薄化粧もあるのだが、濃くくっきりはっきりとしたメイクも、

女子達には、支持されていた。


個人の好みや似合う、似合わないなどの要因はある。

他者からの意見、要望もあり、それらに影響される事もある。


しかし、どうメイクするのか、最終的には自分が決める事。

つまり、所詮は本人の自由という主義なのだ。


そんなメイク観の違いをテーマにして、

昨夜ヒルデガルドと、クローディーヌ、エステルは、熱く語り合い、

大いに盛り上がった。


傍らで聞いていたリオネルだが、メイクを含めた美容に特別な興味はない。


ただ、アールヴ族と人間族との価値観の相違に関して学べた事が貴重であった。

またメイク観に関しても、女子が喜ぶ情報として、頭の片隅に記憶しておく事にした。


さてさて!

化粧品店内での案内は当然、エステルが行う。


しかし美容好きなエステルも専門的な知識を持つプロではない。

なので、詳しい説明は、今回の趣旨を伝えた化粧品店の店員が行う事になった。


肌の状態、好みのメイク色など、いくつかの質疑応答の上、

店員からの的確なアドバイスがあり、

ヒルデガルドは、満足し、興味が出て来たようである。


その上で、店員の方から体験メイクの提案があり、もろもろ確認の上、

リオネルはOKした。


15分ほどして、ヒルデガルドの人間族風メイクは完成。

アールヴ族の価値観を考慮し、あまり派手なメイクではない。


しかし、いつもの薄化粧と比べれば、全然違う。

透き通るような肌をしていて、端麗なヒルデガルドの顔立ちは、

更に目鼻立ちがくっきりはっきり。

小さく可憐な唇は鮮やかな赤で彩られ、

今までとは全く違う魅力を醸し出していたのである。


「え!? こ、これが私!? 人間風のメイクをするとこうも雰囲気が変わるのですか!?」


鏡を見て、驚いたヒルデガルドだが、メイクした面立ちをリオネルがどう思うのか、

ひどく気になったようである。


「リオネル様!! わ、私!! ど、どうでしょうか!!」


こういう時は、口ごもってしまうのは男子としてNG。

打てば響け! とばかりに、即座に女子へ感想を伝えなければならない。


「素敵ですし、とても美しいです! メイクにより、ヒルデガルドさんの彫りの深い目鼻立ちが、更にはっきりして、魅惑的というか、エキゾチックな美しさを感じますよ」


「うわあ!! 本当ですか!! ありがとうございます!! すっごく嬉しいです!!」


リオネルの最大級の称賛を聞き、ヒルデガルドは歓喜。


エステルも店員達全員も、ヒルデガルドのメイク映えを誰もが認め、

リオネル同様正直に絶賛。


……ヒルデガルドは満面の笑みを浮かべたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


店員から、様々なメイクのアドバイスを受けたヒルデガルド。

リオネル、エステルの勧めもあり、今回のメイクに使用した商品、

イエーラ主流の薄化粧用の商品、それいがいにも基礎化粧品等々、

メイク用具も一式、『これまで頑張って来た自分へのご褒美』という形で、

お土産に購入した。


ちなみにヒルデガルドのプライベートな買い物は、

イェレミアスから預かった『別予算』でまかなっている。


ここでリオネルが提案。


「配下の方々へのおみやげに化粧品はどうでしょう? 人間族の化粧品を珍しがり、ヒルデガルドさんのメイク仕上がりを見て、興味を持つのではないでしょうか?」


と言われたので、普段自分へ尽くしてくれている官邸の女子事務官、女子武官を含めた配下達の為のお土産も大量に購入。


リオネルも何か思いついたのか、

ポケットマネーでいろいろな化粧品を大量購入した。


化粧品店にとっては、予想外ともいえる、

いきなりの大幅な売り上げアップで、ほくほく。


ちなみに購入した化粧品は全てリオネルの収納の腕輪へ楽勝で『搬入』された。


大満足のヒルデガルドだが、これで化粧品店の買い物は終了、次の店へ。


エステルの案内で訪問したのは、「冒険者の為」の衣料品店である。

この「冒険者の為」のというのが他店と違うところだ。


そもそもこの世界の衣料品の殆どは、注文を受け作る、

サイズぴったりのイージーオーダーである。

という事は発注から採寸、紙型作成、裁断、縫製を経て、

完成までは結構な時間がかかる。


しかし受諾した依頼を次々完遂して行くのが冒険者稼業。


悠長に服の完成を待つ時間はない。


それゆえ、この店はいくつかの既製サイズを設定。

自分に近いサイズの商品をその場で即、購入可能にしたのである。


「いらっしゃいませ!」


エステルにいざなわれ、衣料品店店員の声が響く中、

衣料品店へ入ったヒルデガルドは、


「わああっ!! す、凄いっ!!」


と驚きの声を上げた。


化粧品店へ入った時もほぼ同じであったが、ハンガーにかかったり、

トルソに着せられている服の場合は形状がはっきりしているので、

より自分が着用した際のイメージがはっきりするのだ。


ブリオーは勿論、ワンピース、ドレス、スーツ、スカート、ズボン、

から寝巻等々まで……

マフラー、スカーフ、ハンカチなどの小物も充実している。

こちらでも、商品の値札もひとつひとつに添付されており、決められた予算内で買う場合は重宝するだろう。


エステルの指示により、ここでも店員が商品を説明。


普段、アールヴ族ソウェルとして専用の法衣ローブを着用し、

公務を行うヒルデガルドは、まずTPOを気にした。


これらの服は、どのような時、どのような場所で、着用するのかと。


対して店員は、懇切丁寧に説明、ヒルデガルドはすぐに理解した。


スレンダーなヒルデガルドは、モデル体型。


衣料品店が作った既製服のとあるサイズがぴったりである。


……という事で、ありとあらゆる服の試着祭り開催!


否! 絶世のアールヴ族美女による『ファッションショー』開催である。


美しくかっこいいモデルが着こなすと、どのような服でもお洒落に見えると、

誰かが言ったらしいが、まさにその通りである。


ヒルデガルドは、どのような服でも似合い、素敵に着こなした。


ちなみに服のチョイスはヒルデガルドの好み、

そして、エステル、店員のアドバイスによるものであった。


化粧品同様、ヒルデガルドは、リオネルの『評価』を求める。


「リオネル様、どうでしょう? 似合いますか?」


「はい、選べないくらい、全部が似合います」


リオネルから、そう言われて困ったのはヒルデガルドである。


「お褒め頂き、本当に嬉しいのですが、困りましたわ。さすがに全部購入するわけにはまいりませんし……」


しかしリオネルは予想外の回答を戻す。


「いえ、ヒルデガルドさんが試着したものは全部買いましょう」


「え!? 全部!? で、でも! もう10着も着ましたよ!」


「大丈夫! これまで頑張った自分へのご褒美だと思ってください」


「で、でも……」


「この店の商品を全て買い占めるとかならいざ知らず、選び抜いた10着なら全然許容範囲内です。初めての買い物なのに、ヒルデガルドさんは物欲に染まり過ぎず、常識をわきまえています。化粧品店では配下の方達のおみやげもちゃんと購入したし、安心しましたよ」


リオネルは笑顔でそう言い、ヒルデガルドが試着した服を全て購入したのである。

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