第551話「もう人間族の少年など、どうでも良い!」

アールヴ族の国イエーラへ向かう街道を軽快に歩くリオネルとイェレミアス。


たまにリオネルが、イェレミアスを背負い、高速で走るのはご愛敬。


最初イェレミアスは遠慮したが、リオネルが背負って馬並みに走ると、大いに驚く。


リオネルはといえば、以前アルエット村におけるオーク退治の際、

村長のクレマンを背負って走った事を思い出し、少し懐かしくなる。


そんなこんなで、……しばらく進むと、周囲に他者の気配がなくなった。


他者から見られる、注目される心配はない。


転移魔法発動の頃合いである。


『イェレミアスさん、そろそろ行きますが、宜しいですか?』


『あ、ああ、構わないよ』


『では、カウントダウンします。5,4,3,2,1……発動!』


『お、おお!』


思わずイェレミアスが呻いた理由はふたつある。


ひとつは失われし伝説の古代魔法、転移魔法をリオネルが詠唱や予備動作なしで、

いとも簡単に発動してしまう事。


もうひとつは、リオネルの転移魔法が発動する瞬間に感じる浮揚感だ。

イェレミアスが行使していた古代遺跡、

ストーンサークルの転移魔法とは違う感覚なのだ。


最初に跳んだ距離は約500㎞。

更に2回、3回、4回、5回と転移の回数を重ね、また更に転移。


当初の予定11回転移より遥かに少ない7回で、

5,000㎞強の距離を踏破した。


リオネルの転移魔法の限界距離が転移を重ねるごとに、

著しく伸びたのは明白であった。


こうして、少々誤差は出たが……最終的にリオネルとイェレミアスが到着したのは、

イエーラの都フェフから、約10㎞離れた森の中。


樹齢を経た針葉樹が立ち並ぶうっそうとした森……


事前に索敵を働かせた為、他者の気配がないのは確認済みだ。


『イェレミアスさん』


『うむ』


『若干、考えていた場所とはズレましたが、現在位置は、フェフから約10㎞の森です。ここからティエラ様へ念話で連絡を入れますね』


『ああ、頼む』


『多分、俺たちの旅の道中というか、行動は、ティエラ様が完全に把握されていると思います』


『ああ、私もそう思うよ』


『はい! という事で……念話を送りますね。……応答してください、ティエラ様。リオネルとイェレミアスさんはフェフから約10㎞離れた森の中に居ます。これからフェフ付近へ……そうですね、フェフの正門から1㎞ほどの雑木林へ転移して構いませんか?』


リオネルの予想通りである。


念話を送ってすぐ、ティエラから返信があった。


『はあ~い、リオお! こちらティエラよお! いつでもオッケーで~す。すぐ転移してね♡ 私もすぐ行くわあ! そこで待ち合わせって事で! オーヴァー!』


相変わらず明るく、ノリの良すぎるティエラ。


『は、はい! ご返信ありがとうございます、ティエラ様。では転移致します。5,4,3,2,1……発動!』


瞬間!


リオネルとイェレミアスの姿は、うっそうとした森から、

煙のように消え失せていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


一方、ここはアールヴ族の国イエーラ、都フェフにあるソウェルの官邸。


今日も、現ソウェルでイェレミアスの孫娘たるヒルデガルド・エテラヴオリは、

執務室で政務に追われていた。


……これまで周囲のバックアップにより、何とかソウェルの重責をこなしては来た。

地道に実績も、積み重ねては来た。


しかし、正直なところヒルデガルドは、

「自分には、荷が重い」と感じる事がしょっちゅうであった。


祖父イェレミアスと比べると、力不足、役不足を痛感してしまう。


確かに周囲のブレーンは頼りになる。

忠実に自分の命令に従い、良く働いてくれる。


だが、彼ら彼女たちの忠勤は、自分に対してのものではないとも感じてしまう。


祖父が命じたからと思われる言動が、

彼ら彼女たちにしばしば見られるからだ。


自分には人望がない。

命令に従い、大げさに見えるくらい、持ち上げてくれるのは、

祖父の七光りのお陰……


そして祖父に勝るとも劣らない大器と称された亡き父が存命なら、

私を生んだ際亡くなったという才女と呼ばれた母が存命なら

……ついついそう思ってしまう。


でも弱音を吐くわけにはいかない!


そんなジレンマにさいなまれる日々ではあったが、ヒルデガルドの気持ちは明るい。


しばらくぶりに、祖父が帰郷するからだ。

いろいろアドバイスし、優しく励ましてくれるに違いない。


……ただ解せない部分がある。


あのプライドの高い祖父が認め、頼み込み、人間族の魔法使いを連れて来ると、

魔法鳩便で送られて来た手紙に記載してあったからだ。


その人間族の少年?青年?は……

まだ生まれてから19年に満たない若輩の少年だという。


人間族を認める? 頼み込む?

何故そこまでしてという思いが強くある。


人間族など、アールヴ族に比べて、種族としての歴史は短く、寿命はわずか、

魔法もろくに使えない。


全てにおいて劣る者どもだ。


人間族など、どうしてもという必要性がなければ、接する必要はない。

頭を下げて頼み込んで来れば、力を貸してやっても良いが。


というのが、ヒルデガルドの信条である。


自分ほどではないが、祖父も同じ信条だったはずなのに……

と、ヒルデガルドは不思議に思う。


もしかしたら、人間族の国々を旅するうちに、

毒されてしまったのかと心配にもなる。


もしそうであったら……私が諫めなければいけない!


と、そこへ報告が入った。


「ヒルデガルド様! ご報告を致します! ただいまイェレミアス様! フェフへご到着! 正門へお越しになりました! た、ただ……」


報告を入れた事務官は驚きと戸惑いを隠さない。


「ただ? 何?」


「は、はい! お聞きしていた人間族の少年の他に、じょ、上位精霊らしき少女が同行しております!」


「じょ、上位精霊!!??」


ヒルデガルドも事務官同様に驚いたが、すぐに嬉しさが込み上げて来た。


連れている上位精霊は、祖父が『私の為』に召喚したに違いないと。


イエーラに素晴らしい加護を与えて貰うべく、呼んだのだと。


もう人間族の少年など、どうでも良い!


「おじいさまを、すぐにお連れしなさい! い、いえ! 私がお迎えに参ります!」


ヒルデガルドは満面の笑みを浮かべ、大きな声で言い放っていたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る