第522話「逆にこの方が思う存分、いろいろゆっくり話せますよね」

少し、休むか……

リオネルは、仲間達へ見張りを頼み、寝袋にて『仮眠』へ入った。


いつもの睡眠と違い、『仮眠』なので、熟睡はしていない。

常に意識の一部は、起きていた。


意識の一部は、起きているとは……

かすかな物音、匂いなどの五感は勿論、魔力の小さな動きにも反応し、

目がぱっと覚める。


ここまでの長き旅において……

人喰いの魔物に、獣、そして情け容赦ない人間他の襲撃者が現れる危険な場所で、

休息たる睡眠をとる為、リオネルが習得した『特技』なのである。


寝袋へ入ったリオネルが仮眠をとってから、約1時間後……


目の前のストーンサークルにおいて、わずかではあるが、

不可思議な魔力が立ち上った。


異変を察して、目を覚ましたリオネルは、ぱっと起き上がる。


リオネルは速攻で寝袋から出て体内魔力をアップさせ、

あらゆる魔法がすぐに行使可能なように、スタンバイした。


ケルベロス、ファイアドレイク、ジャン、アスプ達仲間も、

『もしも』の時に備え、身構えている。


一方、ストーンサークルの周囲はといえば、

ゆがむように、よじれていた。


やがて、よじれた空間が「ぱきぱきっ!」と、音をたてて裂ける。


何者かが、現れようとしているのだ。


そして、現れたのは……

痩身痩躯で耳のとがった身体的な特徴を持つ、エルフことアールヴ族ではなかった。


ストーンサークルの中央に現れたのは、先ほど、リオネルと、

『媒介』として話した、アートスとほぼ同型、

自動人形オートマタのような高性能ゴーレムであった。


放つ波動も間違いなく待ち人たるアールヴ族の魔法使い、イェレミアス・エテラヴオリのものである。


ストーンサークルに現れたゴーレムを見て、

来たのはイェレミアス本人ではなかったのだと、リオネルは苦笑した。


そして、先ほど、自分が立てた『推測のひとつ』が当たったとも思った。


高位の仲間達を連れ、失われし魔法である『転移』『飛翔』をほぼ完璧に使いこなす、魔法使いの冒険者リオネル。


そんなリオネルの底知れぬ実力と真の人となりを……

イェレミアスはずっと『視点』を使い監視、観察をしていたが、

完全に読み切れていないのだ。


「まあ無理もない」とリオネルは思う。

そもそも、全く初対面の相手を全面的に信用する方が変なのだと。


イェレミアスが用心深く、自分の所在を明らかにしない事からも分かる。


万が一、リオネルが、邪悪な心を持っていたとすれば、

隙を見せたら『害される危険がある』と、イェレミアスはひどく警戒したのだろう。


しかし、イェレミアス自身が現れないからといって、

リオネルは怒り、責めたりはしなかった。


「うむ、人間族が到達した地下150階層まで来てくれ。そこで君に会おう。その時にボトヴィッドからの手紙を受取ろう」


邂逅した際、イェレミアスは、リオネルへこのように告げた。


……確かに約束を破ってはいない。


しょせん、ゴーレムという『媒介』経由かもしれない。


だが、リオネルに会う為、転移装置を使い、

わざわざ地下150階層に現れたのは、間違いない。


「こんにちは! イェレミアスさん!」


ぱぱぱぱぱ!と素早く考え、微笑んだリオネルは、

元気よくあいさつし、軽く会釈したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


リオネルがあいさつし、会釈したのを見たのか、

ゴーレムは、応えるかのごとく、すっと右手を挙げる。


「うむ、改めましてだな、リオネル君」


「ええ、イェレミアスさん、改めましてです。ああ、そうそう! 忘れないうちに、ボトヴィッドさんの手紙……お渡しします」


「う、うむ……」


「お互いの為、申し訳ありませんが、手紙を直接手渡しはしません。……真ん中付近に置いておきますね」


言葉を選びつつつ、微笑みながら話すリオネルは、収納の腕輪より、

魔道具店クピディタースのオーナー店主、

ボトヴィッド・エウレニウスから預かった手紙を取り出すと、ゴーレムへ近付いた。


そして、言葉通り、ちょうど真ん中くらいに、そっと手紙を置いた。


「ここに手紙を置きましたよ。頃合いを見て、回収しておいてください」


「う、うむ、わ、分かった」


リオネルは、再び軽く会釈し、ゴーレムを見据えたまま、後ずさりし、

元の位置へ戻る。


「イェレミアスさん、もっと離れろって感じで、距離をとって欲しいのなら、遠慮なくおっしゃってくださいね」


そんなリオネルの行動を見て、言葉を聞いて、イェレミアスは笑う。


「ははは、用心深い事だな、リオネル君」


「はい、イェレミアスさん、用心深いのはお互いに……ですよね?」


リオネルがそう言うと、イェレミアスは納得する。


「ふむ、確かにそうだ……」


更にイェレミアスは、問いかける。


「しかし、リオネル君は失礼だと怒らないのか? 君に会うと言った私が姿を現さず、身代わりのゴーレムを使う事に」


対して、リオネルは首を横へ振る、


「いえいえ、ちゃんと地下150階層に来てくださいましたから。それにまあ、無理もないですよ。もしも俺がイェレミアスさんだったら、同じ対応をしていますもの」


「ふうむ……」


「あと、御覧の通りに、俺も守ってくれる仲間が周囲をがっつり固めていますから、お互い様です。逆にこの方が思う存分、いろいろゆっくり話せますよね」


リオネルの言葉を聞き、ゴーレムを通じて、

イェレミアスは、ケルベロス達を凝視する。


「うむ、私が見るところ……彼らは皆、君に仕える高位の魔物たちだな……」


「です!」


「ふむ、分かった! では私も忘れないうちに、ボトヴィッドの手紙を回収しておこう」


イェレミアスはそう言うと、ゴーレムを動かし、置かれた手紙を回収したのである。

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