第440話「俺はな! 機を見るに敏、という言葉が好きなんだよ」

「ケル! この10人の方達を、『ご希望する上層の安全な領域』までお送りするんだ」


とリオネルは、命じた。


対して「心得た!」とばかりに、

ケルベロスは、「わう!」と応えた。


そんな魔獣ケルベロスを見た当初は……

体長2m、体高1mをゆうに超える、銀毛の巨大灰色狼の風貌とその迫力に、

畏怖していたバルトロメイ達ドヴェルグ10人。


しかし、ケルベロスがリオネルの忠実な従士である事を知り、

その恐怖は薄れて行った。


そして翌朝……

リオネルとともに、簡単な朝食を摂り、出発の支度が済んだバルトロメイ達。

念の為、リオネルから治癒魔法『全快』を行使して貰い、

笑顔、元気いっぱいである。


バルトロメイ達は大きく手を打ち振る。


「さらばだ、リオネル君。絶体絶命時の救援、負傷者の手当、食事の供与、物資の補給……何から何まで世話になった。本当にありがとう。次はドヴェルグ族の国、ロッシュで会おう。ワシの家族にも命の恩人として、紹介するからな」


「リオネルさん! ありがとうございました!」

「ぜひ! 私達の国へ来てください! リオネルさん!」

「リオネルさんなら! 大歓迎します!」


「ええ、バルトロメイさん、皆さん、お気をつけて、お戻りください。ぜひまたお会いしましょう」


リオネルも同じく、大きく手を打ち振った。


この地下80階層から、地上までは長い道のりである。


だが……

「帰還の途中、こちらから仕掛けるような、余計な戦闘はしない」という約束を、

リオネルは、バルトロメイ達と取り付けた。


なので、ケルベロスの先導があれば、難儀せず、相当短い時間で到達出来るはずだ。


加えて、バルトロメイ達は、全員がランクBの上級冒険者『ランカー』である。


これもやりとりの末、バルトロメイ達は地上ではなく、

『地下20階層まで』ケルベロスに先導して貰うという事で、話はついた。


そこまで行けば、問題なく余裕で地上へ戻れると、

バルトロメイ達は、断言したからだ。


地下20階層までバルトロメイ達を送ったケルベロスは折り返し、

リオネルを追いかけ、合流する事となっている。


念の為と思い、バルトロメイ達を引き連れ、のしのしと歩くケルベロスへ、

リオネルは、念話で話しかける。


『ケルベロス』


『うむ』


『バルトロメイさん達を頼むぞ』


『ああ、任せておけ。余計な戦闘は回避するし、我も威圧の技を使える。大抵の奴らなら楽勝で蹴散らせる』


『くれぐれも注意してくれ。必要以上の力を見せたり、本来の姿になるのはNGだぞ』


『はははは、分かっておる。……彼らを送ったら、我はすぐ追いつこう。それまで、あるじは我が弟のオルトロスをガンガンこきつかえ』


『あはは、分かった。気を付けてな。お疲れさん!』


こうして……

再会を期したバルトロメイ達は、ケルベロスの先導により、

上り階段を目指し、地上へと戻って行ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


バルトロメイ達を見送ったリオネル。


「さあて、俺も探索を再開しよう」


微笑んだリオネルは、支度を整えると、

魔獣兄弟の弟オルトロスを呼ぶ。


兄ケルベロスの銀毛と対照的な漆黒の毛並み。

灰色狼風に擬態化したオルトロスの体格は兄と同じく、

体長2m、体高1mをゆうに超える。


どこからともなく、弾丸のように駆けて来たオルトロス。


リオネルを見て、ふっと笑う。


『くくくく。ようやっと、うるせえクソ兄貴が居なくなった! これでしばらくは、静かになるぜ! 主よ! グッジョブだ!』


『ははは、でもお前の兄貴からは、留守中は弟をガンガンこきつかえと言われてるよ』


『くくくく、そんなたわごとは華麗にスルー。完全に無視だ! 俺にはないものだが、羽を伸ばして、の~んびりやらせて貰うぜい』


『あはは、そうかい。別に構わないよ、オルトロス、お前のペースで』


『な~んてな。俺はな! 機を見るに敏、という言葉が好きなんだよ』


『へ~、そういうことわざを知ってるんだ』


補足しよう。

機を見るに敏とは、好都合な状況や時期をすばやくつかんで的確に行動する事だ。


『ああ、クソ兄貴からは、そんなことわざは、がさつで不器用な俺に全く似合わないと、言われているがな』


『がさつで不器用……ケルベロスの奴、そこまで言うんだ』


『ああ、もうそんな事は言わせねえ。これはチャンスだ! クソバカ兄貴が居ない間に、俺が有能だって事を、しっかりと証明してみせるぜ!』


『そうか、期待しているよ。頑張ってくれ』


『ああ、任せろや! 主! とっとと出発しようぜえ!』


『了解!』


魔獣兄弟の間柄は、ライバルでありケンカ友達。


微笑んだリオネルは、バルトロメイ達とは逆に、81階層への階段を、

降りて行ったのである。

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