第394話「どちらにしても、油断は禁物だ!」

人間、相性もあるし、いろいろな見方もある。

鵜呑みには出来ないが、ゴーチェの意見は参考にしておこう。


リオネルは、そう思い、フォルミーカ支部のギルドマスター、

アウグスト・ブラードの秘書を待った。


待つ事、数分後、アウグストの秘書がやって来た。


爬虫類のような冷たい目つきをした、中肉中背、金髪碧眼、

30代後半の中年男性である。


放つ魔力、体のこなし、からして、武術を体得した冒険者という雰囲気ではない。

根っからの文官……という趣きだ。


秘書は、リオネルへ笑顔を向ける。

しかし、笑っているのは口元だけ。

目は鋭い眼差し……全く笑っていない。


「お待たせ致しました。リオネル・ロートレック様でしょうか?」


「はい、自分がリオネル・ロートレックです」


「たぐいまれな才能をお持ちの、若き18歳のランクA冒険者 、疾風の弾丸と称されるご高名なリオネル様のお名前は、このアクィラ王国、フォルミーカ支部にも鳴り響いておりますよ。お会い出来て光栄の極みでございます! 申し遅れましたが、私はギルドマスター、アウグスト・ブラードの秘書イクセル・ベックと申します。以後お見知りおきを」


立て板に水。

美辞麗句。

本心からの言葉ではない。


しかし、これが大人の世界。

リオネルはこれまでの冒険者生活で、そうわきまえている。


イクセルのあいさつは、うわべだけの対応であるが、

いきなり敵対心を持たれるよりは、遥かにましだ。


軽く息を吐き、リオネルは言葉を戻す。


「改めまして! リオネル・ロートレックと申します! ご丁寧なあいさつを頂き、恐悦至極に存じます。本日はお忙しい中、いきなりお伺した私のような若輩者にお時間を頂き、感謝の気持ちしかございません。イクセル様には、お手数ですが、マスターの下へご案内の方、何卒宜しくお願い致します」


「…………………」


リオネルの物言いを聞き、イクセルは驚いたらしい。

18歳のリオネルが、このように話す事に違和感を覚えたのかもしれない。

しばし、ポカンとしてしまった。


だがイクセルは、すぐ我に返り、二っと笑う。


「ふふふ、これはこれは、ご丁寧に! では、参りましょう! マスターが待っておりますから!」


受付けの裏側が、魔導昇降機の乗り場となっていた。


イクセルにいざなわれ、リオネルは魔導昇降機へ乗り込んだ。

他の支部と同じで、ギルドマスター室は最上階らしい。


イクセルは最上階10階のボタンを迷う事無く、ぴっと押したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


冒険者ギルドフォルミーカ支部本館10階。

ギルドマスター専用のフロア。


イクセルに先導され、到着したのは応接室の前。


とんとんとん!

ノックを3回したイクセル。


もしかしたら、ノックの回数を数種類設定し、意思伝達をしているのでは?

と、リオネルは思う。


そんなリオネルの思いをよそに、イクセルは声を張り上げる。


「マスター! イクセルです! リオネル・ロートレック様をお連れ致しました!」


「うむ! 入れ!」


低いが、良く通る声が返って来た。


がちゃ!


イクセルが扉を開き、応接室内の様子が見えた。


豊かなフォルミーカを象徴するように、調度品も豪華だ。


ワレバットの領主で、冒険者ギルド総本部の総ギルドマスターを兼務する、

ローランド・コルドウェル伯爵の応接室に匹敵するかもしれない。


そして、ギルドマスター、アウグスト・ブラードは、テーブルをはさんで置かれた、

奥の長椅子ソファに座っていた。


確か、資料を見た限り、アウグストの年齢は43歳。


目の前の風貌は、総本部のサブマスター、ブレーズ・シャリエを銀髪にし、

少し年を重ねたようなイケメン。


ただ、目つきは秘書のイクセル以上に鋭く冷たい。

冷徹に獲物を飲み込む獣のような目だ。


放つ魔力もほとんど隙がない。


成る程……アウグストマスターって、

ゴーチェさんの話通りか、分からないが、ただものではないな。


良い人の可能性もある。


しかし!


どちらにしても、油断は禁物だ!


強敵と相まみえる際、リオネルの戦法は、

実戦は勿論、話す時も同じ主義である。


ヒットアンドアウェイ。


蝶のように華麗に舞い、蜂のように鋭く刺す!


相手の動きを良く見極め、ダメージを受けないよう間を取り、

相手が攻撃した際に生まれる隙を狙い、基本はカウンターを狙うのだ。


イクセルに連れられたリオネルを見て、アウグストはすっくと立ち上がった。


そのまま、イクセルをスルーし、リオネルへ直接声をかける。


先ほどのノック3回は、リオネルの第一次テスト合格という合図かもしれない。


ふっと笑うアウグスト。


やはり秘書同様、口元のみで笑っていた。


目つきは鋭いままである。


「おお、君がリオネル・ロートレック君ですか? ようこそ、迷宮都市フォルミーカへ」


「初めまして、ギルドマスター。リオネル・ロートレックです。何卒宜しくお願い致します」


歓迎の言葉に対し、無難に返したリオネルも、

曖昧に微笑んだのである。

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