第272話「全員が、『やる気』に満ちていた」

なごやかなランチの後……

パトリスと少年少女達は、リオネル達を、

『モーリス商会』の社屋兼店舗へ案内した。


社屋兼店舗は大きな平屋で、こちらも新築だという。

事務所は、真新しい木の香りで満ちており、

シンプルな社員用の机も10ほど置かれていた。


そして店舗は、社屋の半分以上の大きさ。

内部でつながって、表の出入り口以外、

事務所の中からも行き来できるようになっていた。


ちなみに店舗の片隅は、カウンター付きのキッチン。

テーブルが4つほどある、飲食スペースとなっていた。

この場所がミリアンの夢、飲食店経営の第一歩となるのだろう。


その事務所には、ひとりの女性が一行を待っていた。


笑顔のパトリスが紹介する。


「この女性をモーリス達は知っているだろうが、改めて、紹介しよう。モーリス商会経営店舗の運営責任者となるマルレーヌ・ビゼーさんだよ」


「モーリス様、リオネル様、ミリアン様、カミーユ様、改めまして、マルレーヌ・ビゼーでございます。この度は、未熟な私へお声がけ頂き、感謝致します」


パトリスに紹介され……

小柄で血色の良い女性が丁寧にお辞儀をした。


いかにも真面目!という雰囲気。

年齢は30代後半くらい……だろうか。


リオネルは記憶をたぐった。

モーリスからは話を聞いている。


マルレーヌさんは、両親から受け継いだ小さな『よろず屋』を農業と兼業で、

たったひとりで経営していたが……


兼業が体力的にきつくなったのと、

売り上げが伸びないので、近いうちに閉店を考えていた。


そこへ、パトリスさん経由で、移住するモーリスさんが出店を考えていると聞き……

「相談したい」と申し出たらしい。


そこから、モーリスさんと直接の手紙のやりとりで、話はとんとん拍子に進み……

マルレーヌさんは今、従事している農業の規模を縮小し、

店舗の運営責任者になるという事で双方が合意したのである。


店も、マルレーヌさんが営んでいた『よろず屋』となる事が決定。

とても張り切っているらしい。


ここで補足しよう。


よろず屋とは、漢字で万屋と書いて『よろずや』と読む。

よろずとは全てのもの、もしくはあらゆるものという意味であり、

すなわち何でも扱っている小規模な店の事をそう言うのである。

分かり易く言えば、現代のコンビニみたいな店なのだ。


キャナール村は、店がこの店1軒しかない田舎であり、

よろず屋は、いくつもの店を兼ねていた。


ちなみにマルレーヌの店は食料品、酒は勿論、し好品、生活必需品、

雑貨、薬品、薬草、魔法ポーション、武器防具に護符、

宝石や、指輪、アクセサリー等々、様々な商品を扱っていた。


しかし、旅の商隊が運んで来る『入荷』も不定期の上、滞りがち、

ほとんどの商品が、常に品切れ状態。


農業兼業の為、週の内、2日程度しか営業しない事もあり……

村民達に文句を頻繁に言われて、マルレーヌは嫌気がさしてもいたようだ。


ゴブリン騒動の時は、3か月ほど休業していて……

当初リオネル達は、村に店がないと、誤解した次第。

店の存在を知った後も、村民達からは、

「マルレーヌの店はいずれ廃業するよ」と言われており、

出店を決めるに至ったのである。


この合意は双方が、ウインウインの結果となる。


そもそも、マルレーヌは店の運営が大好きであり、営業を継続したかった事。

安定した給金が得られる事。

モーリス達の働きにより、

勤務時間、仕入れの問題、販売員の問題がクリアされる事。

これからは、品切れのクレームは少なくなり、逆に、新商品入荷等で、

村民に感謝される事が多くなる等々で、大喜び。


一方のモーリスも、村に常駐するわけにいかず、元々、店舗の責任者を探していた事。

マルレーヌが、ベテランの経験者で、新たな研修もほぼ不要である事。

元々廃業を考えていたマルレーヌの店を、閉店に追い込む事に加担せずに済んだ事。

パトリスが、誠実で頑張り屋たるマルレーヌの人柄を推してくれた等々により、

『渡りに船』……であった。


パトリスが晴れやかに笑う。


「ははははは、いっそ、昼飯を一緒に食べようとマルレーヌさんを誘ったが、本日が初日だから、モーリス様には仕事を行う社屋で会いたい、しっかり『けじめ』をつけてスタートを切りたいと言ってな」


「はい! 人生をリスタートするにあたり、、しっかり『けじめ』をつけてスタートを切りたいです!」


きっぱり言い切るマルレーヌは、やはり相当真面目なようだ。


ここで昼食をともにした、少年少女達からも、様々な未来への希望が出る。


「私、ミリアンと一緒に飲食のお店やりたい!」

「私も、カミーユから武道とシーフの技を教えて欲しいわ!」

「俺、カミーユとワレバットへ、商品を仕入れに行きたい!」

「魔法を覚えたい、俺に教えてくれよ、ミリアン」


マルレーヌは勿論、少年少女達も目がキラキラ輝き、

全員が、『やる気』に満ちていた。


嬉しそうに頷いたモーリスは、パトリスへ向かい、


「うむ! では早速、ワレバットから運んで来た商品の搬入を手伝って貰う。倉庫から店舗へ、移動させるぞ。パトリスも手伝ってくれるか?」


「おお、任せろ! この場の皆でやろう! その方が早い! さあ! やるぞ!」


「「「「「おう!!!」」」」」


マルレーヌ、少年少女達とともに、

ミリアン、カミーユと一緒に、元気にときの声をあげたリオネル。


きびきび動き、大いに働いたのである。

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