第234話「この話もここだけ、他言無用と致します」

ブレーズの話が始まった。


冒険者ギルド総本部総マスターにして、ワレバット領主、

王国伯爵でもあるローランドが、

ソヴァール王国開祖アリスティド・ソヴァールの亡霊と邂逅かいこうした話である。


この英雄の迷宮最下層10階層、記念碑の前で……


「……今から10年近く前の事です。ローランド様は、とある理由で当時務められていた、ソヴァール王国王都騎士隊の隊長をあっさり辞され、先祖代々受け継いだ領地も王国へご返上されました」


「…………………」


リオネル達は口をはさまず、ひと通り、ブレーズの話を聞く事とした。

全員が、無言の了解である。


「そして、ローランド様は何の後ろ盾もない、身ひとつ。一介の冒険者となったのです」


「…………………」


「当然王国は、必死に翻意を試みました。役職も領地の代替地も更に好条件を用意しました。しかしローランド様はかたくなに拒まれました」


「…………………」


「皆さんもご存じの通り、ローランド様はドラゴンを複数体倒し、『竜殺し』とうたわれた高名なドラゴンスレイヤー、冒険者ギルドも三顧の礼を持って迎え、某大都市のマスターとランクSの座を提示しました」


「…………………」


「しかし……ローランド様は、それも、あっさりお断りされました」


「…………………」


「王国同様、何度お願いしても断られ続け、ギルドは仕方なくSというランクだけ、ローランド様に受け取って貰いました」


「…………………」


「いち冒険者となったローランド様は、抜きん出て高難度で、とびきり危険な依頼ばかり受諾するようになりました……まるでわざとご自身の命を投げ出すように……」


「…………………」


「当時、騎士爵家の3男として生まれ、長男でない為、後継者になれなかった私は、武者修行を兼ねた冒険者として、依頼をいくつもこなし、金もそこそこ稼いでおりました」


「…………………」


「そんな日々の中、たまたま……ある難度の高い依頼で一緒になり、完遂した私は、ローランド様と、親しくなりました」


「…………………」


「それから……ともにいくつか難度の高い依頼をこなし……ローランド様のかたわらには、いつも私ひとりだけがおりました」


「…………………」


「ともに戦い、依頼をこなしていた私から見て、ローランド様はまるで死に急ぐように、数多あまたの難敵どもと戦っておられました」


「…………………」


「やがて……王都支部のマスターとサブマスターから、ローランド様には秘す形で内々に呼ばれた私は、ギルドの調査部からの報告書を見せられました」


「…………………」


「詳しくは申し上げられませんが……ローランド様がすべてを投げ打つ1年前……」


「…………………」


「ローランド様が目に入れても痛くないくらい愛されていた18歳のご子息が、魔物にしいたげられていた人々の為に、こころざしを同じくする仲間とともに戦い、不慮の死を遂げられた事が記載されておりました」


「…………………」


「ご子息がお生まれになった年に、ローランド様は流行り病で奥様を亡くされ……」


「…………………」


「その後、亡き奥様への深き愛ゆえに再婚もされず……」


「…………………」


「一心にご子息をお育てになっていたローランド様は、そのご子息の死で、生きる張り合いを無くされてしまった……」


「…………………」


「だから、亡き奥様とご子息の下へ自分も逝くよう、死に急ぐように戦っておられるのではと、報告書には記載がありました」


「…………………」


「当時の王都支部のマスター、サブマスターからは、ローランド様が唯一心を許した私ブレーズに……」


「…………………」


「王国の宝ともいえるローランド様を守って欲しいと懇願されました」


「…………………」


「しかし……いくら私が止めても、ローランド様の戦いぶりは全く変わらず、死に急ぐように戦っておられました」


「…………………」


「ローランド様を止められない。自分の無力さを嘆いていた私へ、ある時、連絡がありました」


「…………………」


「連絡は……ローランド様からでした。用件は……私達が今居る、この英雄の迷宮、その最下層10階層到達へ、ふたりで挑もうというお誘いでした」


「…………………」


「当然、私は了解し、ローランド様とふたりだけで、英雄の迷宮最下層へ挑む事となりました」


「…………………」


「王都を出発した馬車の中、なぜ急に英雄の迷宮へ? と尋ねた私へ……」


「…………………」


「ローランド様は、夢枕に開祖様が現れたと、謎めいた事をおっしゃいました」


「…………………」


「そして、ローランドよ、我がもとへ、英雄の迷宮最下層へおもむけ……そう命じられた、とおっしゃいました」


「…………………」


「それ以上の質問は許されず……という雰囲気でした」


「…………………」


「仕方なくというか、私はローランド様を信じ、黙って従い、いくつもの戦いを経て、最下層地下10階層へ到達しました」


「…………………」


「最下層10階で、ローランド様と私は跪き、開祖アリスティド様の記念の碑にひたすら祈りをささげました」


「…………………」


「すると、先ほど破邪魔法奥義『破邪霊鎧』を発動したリオネル君のように、ローランド様のお身体が眩く白光に包まれました」


「…………………」


「一方、私の身体は光らず、何か不測の事態があったのでは! と、一瞬、慌てました。しかし白光に包まれたローランド様のお顔はとても穏やかでした」


「…………………」


「数分間、ローランド様のお身体は白光に包まれておりました」


「…………………」


「やがて白光が収まり、ローランド様は晴れやかに微笑まれました。まるで、全てが吹っ切れたように……」


「…………………」


「頃合いを見て、私はローランド様のお身体を案じ、問いかけました。大丈夫ですかと」


「…………………」


「するとローランド様は、大丈夫だ! と、もっと明るくお笑いになりました」


「…………………」


「開祖様の亡霊がまれに啓示をされるという伝説も、当然私は知っていましたし、夢枕に立ったというローランド様のお話から、もしや! ……と思いました」


「…………………」


「すると、まるで私の心を見抜くかのように、ブレーズ、私は今、開祖様から背中を押して貰った! ローランドよ! お前にはまだまだ生きてやるべき事があるぞ! そう啓示を受けたと、はっきりおっしゃいました」


「…………………」


「そして……英雄の迷宮から戻ったローランド様は、がらりと変わられました」


「…………………」


「全てにおいて前向きとなられ、王国に対し、ワレバットの街の領主を引き受けたい

と申し入れをされたのです」


「…………………」


「何故? いきなりワレバットの領主なのか? 王国側は大いに驚きはしましたが、当然、ローランド様の復帰は大歓迎です」


「…………………」


「調整の末、ワレバットの領主となったローランド様は私に、ともに来るよう誘ってくれました。シャリエ家の養子となり、騎士爵として我が副官にならないかと」


「…………………」


「ローランド様に心酔する私は快諾し、ついて行きました」


「…………………」


「やがて冒険者ギルド総本部からも就任要請があり、ローランド様はワレバットの領主と兼任する形で総マスターにもおなりになりました」


「…………………」


「以来、私はローランド様にお仕えしている。……そういう事です」


「…………………」


「ちなみにローランド様は、開祖様から、具体的にどういうご啓示をお受けになったのか、一切おっしゃっておりません。これは理由がありまして、開祖様から他言無用と厳命されたらしいのです」


「…………………」


「らしい……というのは先に啓示を受けたふるき時代の方々も全員、内容を明かしておりません」


「…………………」


「……以上で、私の話は終わりです。この話もここだけ、他言無用と致します。宜しくお願い致しますね」


無言で話を聞いていたリオネル達へ、ブレーズはしれっと、

しかし、しっかりと釘を刺したのである。

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