第182話「ごめん、本当に本当にありがとう……」

英雄の迷宮地下2階層……


翌朝……

迷宮に陽は射さないが、朝が来た。


夜通しのケルベロスの巡回と、

モーリスとリオネルが張り巡らした二重の結界――魔法障壁により、

リオネル達は、敵に脅かされず、眠る事が出来た。


ミリアンと抱き合ったまま眠ったリオネルが、「ぱっ!」と目を覚まし……

「そっ」と手を動かして、愛用の懐中時計を取り出して見ると、

……午前6時少し前である。


リオネルが見れば、ミリアンは彼の胸の中で、すやすやと眠っていた。

寝顔は、天使のように可憐であった。

何か、良い夢を見てるのか、嬉しそうに、柔らかく微笑んでいた。


軽く息を吐いたリオネルは、まず、心と心の会話――『念話』でケルベロスに礼を言う。


『おはよう、今起きたよ、ケル』


対して、ケルベロスからはすぐ返事が戻って来る。


『……お目覚めか、あるじよ……発する魔力からすると、あまり良く眠れなかったようだな』


『ああ、まあな……眠れなくて、明け方2時間ほど寝ただけだ。それより夜通し巡回してくれて本当にありがとう』


『……ふっ、礼を言われるまでもない』


『そうか? こっちは大いに感謝だ』


『戦いもしない単なる見回りなど、造作もない、お安い御用だ。……それに我の気配を察し、このフロアの虫どもは一匹も寄っては来ない』


『さすがだな』


『うむ、主よ、引き続き、我は巡回を続ける。何かあったら命じてくれ』


『了解』


と、その時。

リオネルの胸に顔をうずめていたミリアンが動いた。


ゆっくりと顔を上げると、にっこり笑う。


「おっはよ~! リオさん♡」


「おはよう、ミリアン」


「こんな迷宮の虫だらけのフロアなのにぃ、本当に良く眠れたあ! すっきりぃ! リオさんにしっかりと『抱っこ』して貰ったお陰だよぉ♡」


「お、おお……そうか」


「うん! 『5年後の約束』よっろしくう!」


ミリアンの言う『5年後の約束』とは、

「うん! 5年後! 5年後にね、20歳になって、大人の魅力的な女になった私ミリアンとキャナール村で再会して、お互いに独身で、お互いにまだ好きだったら……

絶対に結婚しようね! ……決定!」原文ママというものだ。


リオネルはせめて、

『キャナール村においてミリアンと再会する』という約束は守りたい。

5年後成長したミリアンに会いたいと、素直に思う。


だから、改めて告げる。


「……分かった、ミリアン。ぴったり5年後じゃないかもしれない。けれど、キャナール村へは、絶対に行くよ」


「ありがとうっ、リオさん! 私達、『素敵な20歳の大人の女』と、『素敵な23歳の大人の男』になって、めくるめく感動の再会だね!」


「ああ……そうだな」


「もしも、どっちかが婚約か、結婚していたら、『売り違いごめん』って事だよね♡」


「ああ、ミリアンが婚約か、結婚していた時は、俺、『ミリアン、おめでとう! お幸せに!』って言うよ」


「うん! 私もリオさんに『リオさん、おめでとう! お幸せに!』って言うよ! そしてね、ふたりとも婚約か結婚していたら、お互いに『おめでとう! お幸せに!』って言い合おうね♡」


15歳のミリアンは、「5年後へ向けて頑張る」と言い、

あくまでも『前向き』だった。


再び、リオネルと『未来の約束』を交わすと……

「ぎゅ!」と強く強く抱きついて来た。

そして、


「リオさん、昨夜の事は絶対に忘れない! 一生の思い出にするから♡」


と顔を「すりすり」して猫のように甘える。


対して、リオネルは、そっとミリアンを抱きながら……

「つらつら」と考える。


昨夜、ミリアンに告白されてから……

リオネルは、なかなか眠れなかった……


結局、寝るまでに約5時間ほどを要し、夜中になって 何とか眠る事が出来た次第……


リオネルは、すぐに眠り込んだミリアンを抱きながら、悩みに悩んだ。


改めて気持ちを整理したのだが……

やはり、どうしても……彼女が恋愛対象とはならず、

可愛い『妹』としか思えなかったのだ。


ちなみに今も……そうである。


昨夜と同様、リオネルは「どうしても弟にしか思えない」とナタリーから言われ、

『淡い初恋が無残に破れた自分』を思い出した……


……その時の『ナタリーの気持ち』、そして『ミリアンの気持ち』も両方、

『今のリオネル』には、更に良~く理解出来るのだ……


リオネルの気持ち……『恋心』を受け止めた時の、

ナタリーの『困ったような笑顔』が浮かんで来る。


あの日、恋に破れた自分はとても、辛かった。


男子として、一人前じゃない! 情けない! 


だから「振られたのだ」という『敗北感』でいっぱいだった。


そして、ついアンセルムに対し、いろいろと愚痴ってしまった。


それから時間が経つにつれ、失恋の傷は癒えて来た……


今だからこそ分かる。


「男子として一人前じゃないから、振られた」……のとは違う。

やはり、自分はナタリーにとって、『愛する弟』だったのだと。


「恋愛には、いろいろな要因があり、折り合って成立するからだ」とも思う。


しかし……

あの『ほろ苦い味』を一生忘れる事はないだろう……


……とても、せつなくなったリオネルは、

『自分と全く同じ経験をした』ミリアンの『恋心』をおもんばかった。


そして心の中で、

「ごめん、本当に本当にありがとう……大好きだよ」と言い……

『兄』として、『愛する妹』を優しく抱きしめていたのである。

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