第173話「議論バトルの終止符」

英雄の迷宮地下2階層……


「よし! 俺の戦いはこれからだ! 英雄の迷宮で、苦手意識を克服してやるからな! 必ずだぞ!」


という、リオネルの新たな決意とともに、英雄の迷宮探索は再開された。


「リオさん」


「何だい、カミーユ」


「ちなみに、この地下2階層の虫どもには、何の魔法で対抗するつもりっすか?」


「ああ、火属性の炎弾を飛ばし、そして防御魔法の火壁を使おうと思っているよ。火壁は攻撃にも使える。基本は遠距離の攻防魔法で行こうと思ってる」


「成る程、そうっすか」


カミーユは笑顔で頷き、


「リオさんは火属性魔法が使えったっすか……だったら、早めにカミングアウトして、王立墓地でガンガン使って、不死者アンデッドどもをバリバリ燃やしたら良かったっすのに……」


カミーユのコメントに反応したのは、姉ミリアンである。


「バカ! カミーユ! 王立墓地なんかで火属性魔法をガンガン使って、不死者アンデッドどもをバリバリ燃やしても、辺りに延焼えんしょうしたら火事になってマズイでしょ!」


「あ、そうか! それは確かにマズイっす! さすがリオさん、冷静に判断してるっすね!」


「カミーユ! 何言ってるの。あんたがいいかげんな思い付きのみで行動し過ぎるし、物言いするだけでしょ。もう少しいろいろと考えて、まともな判断しなさいって」


姉の説教に肩をすくめる弟。


「うっわ! 姉さん、反省するっす! ご教授感謝っすう!」


リオネル達3人話を、じっと聞いていて、ここで質問したのはモーリスである。


「おい、リオ君」


「はい!」


「私はね、君の強い決意を聞いて素晴らしいと思った」


「いえ、今後の事を考えたら、虫が怖いよ~とか、言ってられません。モーリスさんのご忠告に感謝します」


「うむ……」


リオネルは感謝の言葉を告げた。


しかし、モーリスは浮かない顔付きである。


「モーリスさん、何か、気になる事でもありますか?」


「うむ、虫へのトラウマを克服する決意は良いと思う。だが、懸念はふたつある」


「ふたつですか?」


「ああ、『コードネームG』へ火を使うのは基本的にやめておけ」


「え? ど、どうしてですか?」


リオネルは、虫どもと戦うにあたり、火属性魔法を試してみようと考えていた。

しかし、モーリスは首を横へ振っている。


「このような石造りの迷宮内なら、リスクは軽減される。だが! 家屋の中では奴らに対し、絶対に火をつけてはいかん。下手をすればすぐ焼き殺せず、火がついたまま、こちらへ向かって来る」


「ほ、本当ですか?」


「ああ、どうしても火の魔法を使うのなら、上位の魔法、奴らが一瞬で、燃え尽きる高温を発する火の魔法を使うしかない。通常の炎弾や火壁などでなく、そのような魔法を行使出来なければ、火属性魔法は使わない方が賢明だ」


「そ、そうですか……」


「ああ、一気にとどめを刺さなければ、奴らから反撃されるのは勿論、家屋の中だと火がついたまま走り回って火事の原因となる。他の魔法を使った方が良いと私は思う。これは普通のコードネームGへ対しても同じだと心得ておけ!」


「わ、分かりました。コードネームGへは、火は基本使わず、風か地の魔法を使います」


ここでリオネルは「ぱぱっ」と思いついた。

相手の動きを止める特技の『威圧』

もしくはスキル『フリーズ』等を使えばとも思う。


だが、ここは敢えて話の腰を折らず、素直にモーリスの助言に従っておく。


「うむ、そうしてくれ! コードネームGへ火は避ける! ちなみに、リオ君はまだ水属性の魔法は使えないのか?」


「え、ええ……使えないです」


「もし使えるのなら、リオ君がコードネームGを凍らせてから、破砕すれば良いと思ったのだがな」


「うん! 私だったらそうする! コードネームGなんか、即、凍らせちゃう!」


モーリスのコメントを聞き、ミリアンが得意げに言った。

水属性の氷結魔法は彼女の得意技である。


苦笑したリオネルは首を横へ振った。


「いや、モーリスさん。俺、残念ながら水属性魔法は使えないんです」


既にリオネルは、

全属性魔法使用者オールラウンダーへ到達可能な超レアなチートスキル、

『ボーダーレス』を習得している。

しかし、現状ではまだ水属性魔法を習得してはいない。


「ははははは。リオ君は3種の複数属性魔法使用者マルチプルというだけでもモノ凄いが、水属性魔法を習得すれば奇跡の存在と言える全属性魔法使用者オールラウンダーだからな! さすがにそこまではありえないだろう』


ここは沈黙が金である。

リオネルは、言葉を濁す。


「は、はあ……まあ」 


モーリスはまだ言いたい事があるらしい。


「うむ! あとひとつ! リオ君が遠距離の攻防魔法を使うと聞いて気になった」


「え? 遠距離の攻防魔法が、気になった?」


「ああ、それも、いかがなものかと思うぞ」


「いかがなものか……ですか?」


「うむ! 遠く安全な場所から魔法を発動しても、それがリオ君の持つトラウマ……真の虫の克服につながるのか、どうか……」


「う! 真の虫の克服!?」


「リオ君よ、もっと虫どもと正対して……つまり遠距離ではなく、近距離で戦え!」


「げげげ! 遠距離ではなく! き、近距離で戦え! ……で、ですか!?」 

 

「うむっ! 迷ったが、この際だから、はっきり言おう。トラウマを克服する為に、リオ君は、しっかり正面から『コードネームG』と向き合い、戦うしかないと私は思うぞ!」


「うお!! 『コードネームG』と正面から向き合うん……ですか!?」


「うむ! そうだ! 近距離とは言ったが、まあ、敢えて『零距離射撃』とまでやれとは言わないがな!」


「は、はい!」


補足しておこう。

『零距離射撃』とは……

『接射』とも言い、近距離に迫った敵に対して、ほとんど水平の角度で、

砲弾が発射されるとすぐ炸裂するようにして行う射撃の事である。

ここでは、近距離で魔法を行使する事を指すといえよう。


モーリスは更に言う。


「だが、逃げずに近距離で! コードネームG……否! ゴキブリと正面でしっかりと向き合う! それが自分の人生と戦うという事だ! と、私は思う! キリっ!」


「わお! さっすが元司祭! 師匠! 珍しく決まったっす!」


「おお、そうか! ただ『珍しく』は余計だがな」


モーリスのチェックも、カミーユは華麗にスルー。


「師匠! 『人生は逃げちゃダメだ』って事っすか! 良い事言うっすね!」


「うむ! 念の為言うが、常に『逃げちゃダメだ』とは言わんぞ。逃げずに心身がダメージを受けたり、潰れたら元も子もない。『三十六計逃げるにしかず』とも言うからな! だが、今のリオ君の状況ならば! 絶対に逃げちゃダメだ!」


「わおっ! 絶対に逃げちゃダメっすか? 不死者アンデッドと戦った俺の時と一緒でっす! 獅子の子落とし……獅子は我が子を千尋の谷に落とすっすね!」


再び補足しよう。

獅子の子落とし……

獣王と言われる獅子は我が子を千尋の谷に落とすとは……

我が子へ厳しい試練を与え、その器量を試すことで一人前に育てる事が可能だというたとえである。


当該者のリオネルをそっちのけで、大いに盛り上がるモーリスとカミーユ。


呆れたミリアンがストップをかける。


「こら! 師匠にカミーユ。リオさんを置いといて、何ふたりで盛り上がってるの! それにあの時カミーユは、結局師匠に助けて貰ったでしょ!」


ミリアンのコメントに首を傾げるカミーユ。


「何言ってるんすか、姉さん」


「カミーユ、あんたこそ、何よ!」


「姉さんは、分かったようでいるっすけど、獅子の子落としの『真の意味』を理解していないっす!」


「な、何よ? 『真の意味』って?」


弟の反撃に、少し戸惑うミリアン。

チャンスとばかりに、カミーユはきっぱりと言い放つ。


「一見非情に見える獅子も、我が子を心配し、絶体絶命の時には必ず助けるっす! 俺、この前師匠に助けて貰って、心の底から実感したっすよ」


「そ、そんなの! カミーユ、あんたの個人的な意見で見解でしょ?」


「浅い! 姉さんはホント浅いっす。そんな姉さんに、俺の事を思い付きだけで行動するとか、話すとか、とやかく言う資格はないっす」


「な、何よぉ! カミーユ! あんたこそ珍しく正論言うじゃない!」


と、ここで。


「あのぉ……俺、コードネームGへ極力近付いて戦うから……そろそろ出発しないか?」


リオネルが言い、ストップをかけ……

熱い議論バトルは、ようやく終止符を打ったのである。

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