第153話「見ててください、『荒くれぼっち』を」
「はあ、ふう、はあ……」
逃げるゴブリンを追尾し、リオネルとケルベロスが余裕をもって駆ける後を、
サブマスター、ブレーズの副官ゴーチェは息も絶え絶えについて来た。
リオネルの走行速度の最速は、馬の能力を得て約時速70km。
そして持久力は狼の能力を得て、半分の時速30km強で走れば、約5時間は走り続けられる。
いくらゴーチェが経験豊かな歴戦の騎士でも『人間』である。
今や「人間を超えた」リオネルに追いつけるはずもない。
諦めるかと思いきや、ゴーチェは必死に追って来る。
仕方がないので、リオネルはケルベロスを先に行かせた。
ゴブリンの本拠を突き止め、待っているように命じて。
10分ほど経って、ようやくゴーチェが追いついた。
待っていたリオネルは笑顔で応える。
「お待ちしておりました。お疲れ様です、ゴーチェ様」
「はあ、はあ、はあ、はあ……………」
しかし、ゴーチェは急いで走って来たらしく、息が完全に上がっていた。
言葉を発する事が出来ない。
「でも……無理について来なくとも」
リオネルが更に言うと、数回深呼吸をしたゴーチェはようやく言葉を吐き出した。
「はあ、はあ、はあ、そ、そ、そ、そういうわけには、い、い、いかんっ!」
「ええっと……」
心を読まずとも、リオネルはゴーチェの放つ心の波動で分かる。
ゴーチェが来たのは、『ブレーズの命令』に違いない。
すると案の定。
ついゴーチェは口が滑った。
「はあ、はあ、はあ、お、俺は! ブ、ブレーズ様から! き、君の一挙手一投足を見守るようにと、め、命令されているっ!」
「ああ、そうなんですか?」
「はあ、はあ、はあ、そ、そうだっ!」
と言い切ったゴーチェ。
ハッと我に返り、
「はあ、はあ、はあ、うあ、しまったあ!」
と叫んだ。
渋い表情となり、無言でリオネルを見つめる。
「はあ、はあ、はあ、……………」
「……成る程、内々にと、いわゆる秘密の命令だったのですか」
「はあ、はあ、はあ、……………」
ばつが悪そうな無言のゴーチェに対し、リオネルは柔らかく微笑む。
「大丈夫です、俺、仲間にも誰にも言いません。聞いていなかった事にしますから。ゴーチェ様のお立場は充分に理解出来ますよ」
「はあ、はあ、はあ、……………」
しばし無言のゴーチェはまだ息を荒げていた。
「あの、ゴーチェ様、まだ少し息が上がってますね。俺の魔法でケアしますよ」
「な、な、何? ま、ま、魔法?」
驚くゴーチェに、リオネルは魔法を発動。
「ええ、ほいっと」
神速、無詠唱で放たれた温かい
「あううう! な、何だ!? こ、こ、これはっっっ!!??」
「ええ、俺、回復魔法が使えますので」
「か、か、か、身体中にぃ!!?? ち、ち、ち、力がみなぎるぞぉ!! 気分もすっきりしたあ!!」
リオネルの回復魔法『全快』をかけられ、叫ぶゴーチェ。
そして叫んだ後「じい~っ」と、10秒くらいリオネルの顔を眺め、更に言う。
「…………むうう、納得した! リオネル君、君は凄いぞ! そして、本当に良い奴だな。ブレーズ様が入れ込むのも分かる」
「いえいえ、入れ込むなんてとんでもない。ブレーズ様にはたまたま好意的にして頂いているだけですって……」
「そ、そんな事はない! ブレーズ様は君を相当気に入っていらっしゃる。そしてブレーズ様だけでなく、ご領主ローランド閣下もだ!」
「まあ、そうであればとても光栄ですし、素直に嬉しいです。……という事で、ゴーチェ様、ゴブリンどもの本拠へ……巣へ着きました。ほら、ウチのケルが居ますよ」
「お、おお、本当だ!」
リオネルが向けた視線の先には、リオネルが召喚したケルベロスが大人しく鎮座していた。
その少し先には岩山があり、ぽっかりと開いた洞窟もあった。
それを見たゴーチェは軽く息を吐き、苦笑。
再びリオネルを見つめたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リオネルはゴブリンどもが逃げ込んだ洞窟をじっと見つめている。
そんなリオネルへ、ゴーチェは話しかけて来た。
「で、リオネル君、これからどうする? 奴らはこの洞窟へ逃げ込んだのか?」
「多分……」
「そうか! では撤退するぞ」
「撤退?」
「ああ、ゴブリンどもの本拠が突き止められたから、これで十分だ。それに先ほど100体が逃げ込み、中には何体居るのか全く分からん。俺達ふたりで突っ込むのは自死行為だと思う」
「まあ、確かにそうですね」
「ん? 何か含みのある言い方だな」
「ええ、実は俺とケルで突っ込むのも『あり』かなとは思ったんですが」
「何言ってる! そんなのナシだ! 馬鹿な事を言うんじゃないっ! 君を死なせるわけにはいかん!」
「……分かりました。『その方法』はやめておきます」
「だろう? 賢明な判断だ。このまま撤退しよう。村へ戻って作戦を立てて、再度、出直しだな」
ゴーチェはリオネルの言葉を一部、聞き流した。
リオネルは「その方法は」と言ったのだ。
「はい、では、ゴーチェ様。別の方法を採用します」
「な!? 別の方法?」
「はい、ウチのケルに洞窟へ突入させ、『勢子』をやって貰い、洞窟から追い出したゴブリンを掃討します」
リオネルは『ケルベロス勢子案』を提案する。
魔導発煙筒で燻し出す事も考えたが時間がかかるので却下。
ちなみに『
「な!? 勢子ぉ!? 俺の話を聞いていなかったのかあ?」
「いえ、ちゃんとお聞きしていました。その上での判断です」
「ちゃんとお聞きしていましたって、あのなあ……」
「ゴーチェ様のおっしゃる通り、洞窟の中はどのような構造になっているのか不明です。足を踏み外して怪我でもしたらまずいです」
「な、何だ? まともというか、えらく冷静じゃないか」
「はい、結構まともで、まずまず冷静ですよ」
「むうう……」
「ちなみに、先ほど洞窟の入り口で気配を探ったら、中に居るゴブリンは300体強です」
「300体強だと!? な、何故分かる? どうしてはっきりと言い切れるんだ? ま、まさか、奴らの放つ魔力を感知したのか?」
「はい、です!」
「ば、馬鹿な! このような洞窟の中は遮蔽物もたくさんあるし、横道もあって込み入っている上、なかなか深い。ランクSの魔法使いでも、なんとか『敵の有無だけ』が分かるレベルなんだぞ」
「そうですか。でも、俺には分かります。で、話を戻しますと、中に居る9割くらいを追い出して倒しておけば、明日が楽です。残りはミリアンとカミーユ中心に倒して貰いますから」
リオネルのやり方は、キャナール村のゴブリン討伐と同じ。
少数だけ残し、ミリアンとカミーユに訓練を兼ね、倒して貰うのだ。
「でもリオネル君、何故、9割なんだ? そこまで自信たっぷりなら、全て倒せば良いのに……」
「俺は、モーリスさんからミリアンとカミーユの育成を頼まれました。自分もまだ半人前ですが、やれる事はやろうと思いますので」
リオネルの意図をようやく理解したゴーチェ。
腕を組み、唸った。
「ふ~む……分かった、分かったよ」
「ありがとうございます」
「でも、この犬に勢子をやらせ、結局は追い出した200体近いゴブリンと戦うんだろ?」
「ええ、そうなります」
「それって、やっぱり、とんでもなく無茶じゃないのか? やめた方が良くはないか?」
「まあ、見ててください、『荒くれぼっち』を。あ、多分大丈夫だと思いますけど、申し訳ないのですが、ゴーチェ様は俺の後方で待機して頂き、ご自身で身を守ってください」
「ははは、分かったよ」
という会話の末、ゴーチェはやむなく折れてくれた。
いよいよ作戦発動だ。
「よし、ケル、頼む!」
うおおん!
巨大な灰色狼に擬態した魔獣ケルベロスは、ひと声吠え、迷うことなく洞窟へ飛び込んだのである。
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