第123話「エールと懸念」
「モーリス様、リオネル様、エステルはだいぶ突き抜けていますが、『とても面倒見の良い』職員です。彼女に任せておけば、全然、大丈夫ですよ」
クローディーヌは、きっぱりと言い、モーリスとリオネルへ微笑んだ。
成る程、エステルさんは『とても面倒見が良い』のか……
イコール、サブマスターの言う『世話好き』って事なんだ。
ナタリーさんとはタイプが全然違う。
……けれど、放っていた心の波動で分かる。
エステルさんはまっすぐで優しい、誠実な人だと思う……
多分だけど……大丈夫だ。
リオネルとの心の交流を『生きる励み』として、弟の死から立ち直り、
元気になったという優しいナタリー。
彼女の柔らかな笑顔がリフレイン……懐かしくなり、リオネルは微笑む。
サブマスター、ご配慮頂き、ありがとうございます!
リオネルが、心の中で礼を言うと、
自分の秘書の言葉を聞き、サブマスターのブレーズも微笑み、頷く。
「ふむ、クローディーヌの言う通り、エステルはとても面倒見の良い有能な職員ですよ。モーリス殿、リオネル君は、午後4時にミリアン君、カミーユ君を迎えに来てくれれば良いでしょう。登録手続きは全て終わっていますから」
「「ありがとうございます!」」
モーリスとリオネルが礼を言うと、ブレーズは更に言う。
「ふむ、で、先ほどもお伝えした通り、モーリス殿とリオネル君はその間、別行動となりますね……希望する条件を出して、不動産部のマルセルと打ち合わせをした上、ギルド管理の賃貸物件の外観とを内装を実際に見て、検討し、新居を決めれば良いでしょう」
ブレーズは、リオネル達がワレバッドの街で生活する新居にも万全の手配をしてくれた。
そして更に!
「もしも新居を決めても、すぐの引っ越しは困難でしょう。ギルドの敷地内にあるホテルの部屋を本日から1週間、私が押さえておきましたよ。ちなみに宿泊代を含め、料金は一切不要です。この間にワレバッドでの生活基盤を整えてください」
ここまで来ると、ブレーズの気配りにただただ感謝するしかない。
ブレーズはやはり、身内のナタリーが立ち直った事を深く感謝しているのだろう。
ここで、クローディーヌが壁にかかる魔導時計を見た。
「サブマスター、そろそろ、お時間です」
「……ふむ、クローディーヌ。用意した依頼案件のサンプル一覧と、講座の総合カタログは皆様へ、それぞれ各自に渡しておいてください」
「かしこまりました、サブマスター」
ここでブレーズは、モーリスとリオネルへ、
「さて、私は次の予定が入っています。後は秘書のクロディーヌに任せます。以降は、何かあれば彼女経由で私へ伝えてください」
「何から何まで、ありがとうございます! 失礼致します」
「感謝致します!」
「ふむ……モーリス殿、今後とも宜しく」
ブレーズはそう言うと、リオネルへ眼差しを向ける。
「リオネル・ロートレック君、私は勘がとても鋭い方でしてね。まあ、勘とは、内なる声でもあるのですが……」
「は、はい」
「良く当たるんです……」
「……………」
「今、内なる声が、私へ告げています……人の切なる思いと願いを受け止め、癒し、励ます君は、いつか大きな事を成し遂げると……いや、既に成し遂げ始めているのでしょう」
「……サブマスターのご期待に沿えるよう頑張ります」
「ええ、頑張ってください。但し命は大事にです……では、失礼しますよ。……クローディーヌ、マルセル、後を頼みます」
「はい、サブマスター」
「かしこまりました、サブマスター」
クローディーヌとマルセルが姿勢を正して敬礼すると……
ブレーズは柔らかく微笑み、ゆっくりと立ち上がり、執務室へつながる扉を開け、退出した。
ブレーズの後ろ姿を見送ったクローディーヌ。
「では! 3階の一般応接室へ移動します。そちらでマルセルと打ち合わせをし、
ギルド所有賃貸物件の、外装チェックと内見へお出かけください」
リオネルとモーリスへ振り返って、笑顔で告げたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
冒険者ギルド総本部本館3階、一般応接室……
リオネルとモーリスは、不動産部のマルセルと、ワレバッドの街で借りる『新居』の打ち合わせをしている。
既にクローディーヌは辞去しており、夕方にミリアンとカミーユを迎えに来る際は、
受付から秘書室へ、一報を入れるよう告げていた。
「では、ご希望の条件として、この冒険者ギルド総本部から徒歩で至近距離、居間、厨房、シャワー付きの風呂とトイレ、馬車の為の駐車場付き厩舎がある、庭の広い一軒家がご希望なのですね」
「ははははは! マルセル殿、その通りだ。出来れば4名各自の個室と倉庫兼用の地下室もあればなお良い! あ、肝心の家賃は相場より著しく安い! というのも必須だ!」
「ええっと……」
リオネルの表情が少しだけ曇った。
今後の長期滞在を考えると、モーリスの『希望』は理解出来る。
ミリアンとカミーユの『希望』も反映されているようだ。
しかし、「だいぶずうずうしいわがままなお願いだ」という事。
更に「そこまで好条件の物件があるだろうか?」という疑問。
もしも条件に適う物件が運良くあったとしても……
「家賃がとんでもなく高いのでは?」という心配も、リオネルにはあった。
……しかし、リオネルは思い直した。
心が通い合った4人で、折角住む家だ。
ダメもとでお願いしても、仕方がないと考える。
ワレバッドの街暮らしとともに、『素敵な思い出』も出来るだろう。
多少家賃が高くても、構わない。
その分、自分が頑張って稼げば良い話。
とも、思ったら……
「はい! ございます! ございますともっ! お家賃も安い条件ピッタリの物件がいくつもっ!」
何と何と!
マルセルが目を輝かせ、肯定した。
『前向き』なのと同時に『心配性』なのも、リオネルの性格だ。
「はい!」
と挙手をする。
「何でしょう? リオネル様」
「あの、その物件って……言いにくいし、本当に……失礼な言い方で申し訳ありませんが……」
「ええっと、何でしょうか? 何かご不明な点があれば、ご遠慮せず、はっきりとおっしゃってください」
「分かりました。あの……家賃が格安だからって、『わけあり物件』とかでは、ないですよね?」
補足しよう。
ここでリオネルが言う『わけあり物件』とは、不動産に関して言われる事に限られる。
つまり、何らかの事情があって売却、賃貸しにくい不動産案件一般を指す。
正式には
ちなみに、
リオネルが懸念したのは、心理的
すなわち、事故や事件があり、自然死も含め、人が亡くなっている賃貸物件でないかと気になったのだ。
そんな物件を借りたら、モーリスや自分はともかく、ミリアンとカミーユはひどく怖がるに違いない。
そして、賃貸契約後にふたりへ告げたら、
「任せたのは間違いだった」「何故、契約を断らなかったのか!」と厳しく責めるであろう。
しかしモーリスが、大きな声で笑い飛ばす。
「ははははは! リオ君、わけあり物件、大いに結構! その分、家賃が安ければ構わないじゃないか。私と君で除霊し、浄化すれば良い話だ」
「は、はあ……浄化すれば良い話って……」
しかし、そんな心配は杞憂となった。
マルセルが胸を張り、『否定』を告げたのである。
「いえいえ、滅相もございません! そんな物件をご案内したら、ブレーズ様から大変なお叱りを受けますよ!」
「では、相場よりもずっと安く借りられる理由って……教えて頂けますか?」
「うむ、マルセル殿、後学の為、私達へ教えてくだされ」
「はい! おふたりにご案内する物件は跡継ぎのいらっしゃらない方がご好意で、格安にてギルド総本部へ譲ってくださったり、税金代わりに物納で納められた家屋を、ギルド総本部が競売で購入したとか、全く問題のない物件ばかりですから」
マルセルの話を聞き、モーリスとリオネルは安心する。
「おお、成る程」
「了解です。そして大変失礼致しました。マルセルさん、本当に本当に申し訳ありませんでした」
「いえいえ! リオネル様! 貴方のご心配、ご懸念はごもっともです! うまい話には裏があると言います。『用心深い』そして『全てを確認』は、冒険者にとっては大いに美徳です。私は気に致しません! ご不明な点はどんどんお尋ねください! では! 参りましょう!」
リオネルが謝罪すると、マルセルは笑顔で応えてくれた。
ミリアンとカミーユをケアするエステル同様、このマルセルも『出来る職員』なのだ。
さすが、ブレーズの人選である。
こうして3人は、冒険者ギルド総本部の専用馬車で、ワレバッドの街中へ、出かけたのである。
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