第116話「広まっていた、あのふたつ名」

ゴブリンどもを討伐してから2週間後……

アルエット村の時同様、村長のパトリス以下大勢の村民達に見送られ……

リオネル達は、キャナール村を出発した。

当初の目的地である『冒険者の街ワレバット』へ向かう。


魔法も使った連日の作業が実を結び、荒れ地と化していた農地は見事に復興していた。

水の魔法使いミリアンの全面的な協力もあり、灌漑設備も整った。

堅固な岩の防護柵が汗を流す村民をしっかりと護り、綺麗に整地された畝には、

丁寧に植えられた作物の苗が元気良くのびのびと育っていた。


地の魔法を司る最高上位の精霊、高貴なる4界王のひとり、地界王アマイモンは、

植物の繁茂を加護する力も有していると、リオネルは聞いていた。


さてさて!

昨夜は、パトリス主催の送別会であった。

飲み、食べ、歌い、踊り……旅立つリオネル達との別れを惜しみ、安全と無事を祈ってくれた。


口癖は、村民の誰もが、

「いつか戻って来てください。皆で暮らしましょう」

……という温かい言葉であった。


ぱかぽこぱかぽこ……


がらがらがらがら……


馬のひずめの音……

馬車の車輪が回る音……

ふたつの音が交錯し、旅の気分が盛り上がり、話も弾む。


御者席には3人が座っていた。


右側にリオネル、左側にミリアン。

真ん中に座る御者役は何と!

カミーユである。


「御者役は得意ではない」と何かにつけて言っていたのが嘘のような、見事な手綱さばきだ。

馬の方もしっかり折り合いがついていた。


出会ったばかりの時と全く違い……

今のカミーユは全てに前向き、自信にあふれ堂々としていた。

相手の話もしっかりと聞くようになっている。


「リオさん、どうっすか? 俺の手綱たづなさばきは? 何せ、村に居る間はずっと練習していましたっすから」


「ああ、良く頑張ったな、中々だと思うよ」


「でしょう? 御者スキルに関しては、姉さんを遥かに超えたっすよ!」


「えっへん」と胸を張るカミーユ。

ミリアンが腕組みし、ふくれっつらとなる。


「カミーユ! まあた意味のない張り合い方して! 私はね、御者の腕であんたと競おうと思ってないわよ」


「あはははは! 姉さん、負け惜しみっす!」


「ふん、何よ、カミーユ。あんた、昨夜少し『もてた』からって、良い気になってさ、バッカじゃないの」


「え? もてた?」


「そうなのよ、リオさん、聞いて! カミーユったら、キャナール村の美少女達に声をかけられていたのよ。鼻の下がびろ~んと長く伸びてた」


「そ、そうなんだ……」


カミーユが村の若い女子達に、話しかけられていたのを、リオネルは知っていた。


「くっそ! 姉さんの方こそ! 何人もの村のイケメンから、ナンパされていたじゃないっすか?」


そしてミリアンが、村の若い男子達に、話しかけられていたのも知っている。


キャナール村内の事なので、ひどいトラブルにならなければOKだと……

遠くからカミーユが「ひやひや」しながら「スタンバイ」して姉を見守っていた事も。


ふたりとも……「青春しているなあ」とリオネルは微笑ましく見守っていたのだ。


「カミーユの馬鹿! あんな人達、絶対にお断りよ! きっぱり、はねのけたわ! リオさんの名前を出したら、びびって逃げて行ったし」


「え? 俺の名を出したらびびった?」


リオネルの問いに対し、ミリアンは得意げに言う。


「リオさん。私ね、とっさに思いついたの。ワレバッドでもナンパが多そうだし……今後、私のナンパ撃退の必殺技にしようと考えてるわ!」


「え? 俺を? ミリアンのナンパ撃退の必殺技に?」


「うふふっ、ごめんなさい、リオさん! しつこく、くどかれて困ったから、つい苦し紛れに、リオさんが彼氏だって言ったら、あの人達、凄く怖がっていたの」


ここで突っ込んだのはカミーユ。


「え~っ! 姉さん、ナンパ男なんか、王都では簡単にぶっとばしていたじゃないっすか?」


「えへへ、キャナール村では私、一応は『清純派』じゃない? 真面目で清楚なイメージを壊すのは、まずいと思ってさ」


「はあ? 清純派って、何すか、それ? 人喰いのゴブリンを容赦なくぶっとばすし、リオさんを彼氏だって大嘘をついておきながら、清純派とか、真面目で清楚はナイと思うっすけど」


「シャラップ! カミーユ! 私は清純派なの! 真面目で清楚な女子なの!」


そんなミリアンとカミーユのやり取りを聞きながら、

そういえば……と、リオネルは思い出す。


……自分には、親しくなった自警団の若手以外、少年少女は近寄って来なかった。

何か、理由があると考えたが、相手の心を読むような事はしなかった。


ミリアンが言う。


「リオさん、あの人達ね、たったひとりでゴブリン1,000体に無双した『荒くれぼっち』は怖すぎるって、完全にびびっていたわ」


「え? 『荒くれぼっち』が怖い? 完全にびびっていた?」


そしてカミーユも、


「そうそう! 姉さんを口説いたナンパ少年ばかりじゃないっす。俺に声をかけて来た女子達も怯えて言ってたっす。『荒くれぼっち』はめちゃくちゃ人間離れして怖すぎるって。ホント酷い事を言うっすよね? リオさん」


「ううう! 俺がめちゃくちゃ人間離れして怖いって……」


ここでミリアンが疑問を呈する。


「でもさ、何で『荒くれぼっち』なの? リオさんのふたつ名が……それも『疾風の弾丸』じゃない『二番目のふたつ名』が何故、知れ渡ったのかしら?」


ミリアンの言葉を聞き、カミーユが「はた!」と手を叩く。

何かを思い出したようだ。


「あれ! そういえば、師匠とパトリスさんが送別会で若い子達にだけ、面白がって吹聴していたっすよ。リオさんが『荒くれぼっち』って」


「え~? それホントぉ?」


ミリアンが驚けば、背後で荷台に陣取るモーリスは豪快に笑う。

事が大きくなる前に、正直に白状しようと考えたらしい。


「ははははは! リオ君、悪い悪い! 申し訳なかった! 酔いも回ってついネタにと、悪戯好きな本性が出たのだ。私もパトリスもな」


「え? ついネタに? 悪戯好きな本性が出たって?」


「うむ! 遊び心が出た! リアルにリオ君が戦うシーンを伝えて脅かしたら、若き少年少女が、ひどく怖がって面白かった。だから、心のツボにはまってな」


「え? 脅かしたら怖がって面白い? 心のツボ?」


「うむ! 私とパトリスは告げた。キャナール村を救った若き英雄リオ君は、本当に真面目で誠実な少年なのだが……」


「俺が真面目で誠実……『なのだが』って、何です?」


「うむ! リオ君をレジェンドにしようと思ってな! 人間離れした『荒くれぼっち』で、怒らせると鬼のように怖いぞぉと言ってしまったのだよ」


「そ、そうっすかあ……はあああ……」


今更、仕方がない。

村へ戻って弁解する事も出来ない。


リオネルは大きくため息をついた。


するとモーリスは、


「ははははは! リオ君よ、まだ話には続きがある! 心配する事はないぞ!」


「え? 心配する事はないって?」


「うむ! 送別会終了後に、凶悪な魔物限定でしか、リオ君は怒らないと、私とパトリスで村民全員へ、しっかりとアフターケアしておいたぞ」


「俺が凶悪な魔物限定で怒る……しっかりとアフターケア……」


「うむうむうむ! 改めて全村民のリオ君に対する好感度は超ウルトラアップした! 君は、村に伝わるレジェンド『人間にだけは優しい荒くれぼっち』となったのだ! だから、全然大丈夫だよ」


またも『性悪?な司祭』に、ひとりは『元』なのだが、それもふたりに、

リオネルは面白いように「いじられてしまった」のである。

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