第89話「明日が! 彼らに未来が見えた」

リオネルの威圧とリーダー格ゴブリンカーネル3体の瞬殺……

キャナール村の農地へ押しかけ、良い気になり……

乱暴狼藉の限りを尽くしていたゴブリンの大群1,000体は、士気を失い、総崩れとなった。


大混乱に陥ったゴブリンどもを目の当たりにしたリオネル達一行。


告げるべき者が揃ったのを見て、リオネルは、全員へ言い放つ。


「ゴブリンどもは総崩れ状態で、完全に逃げ腰です。さあ、今こそチャンスです! 徹底的に追撃し、思い切り叩きのめして、この農地から追い出してやりましょう! もう! 二度と来ないように!」


更にリオネルはモーリスへ言う。


「モーリスさん、俺達4人で前面に立ちましょう! ゴブリン討伐の先駆けとなるんです」


リオネルの笑顔を見て、モーリスも安堵し、勇気が湧いて来たようだ。

大きく頷く。


「おお、おお! リオ君、分かったよ! 私達でパトリス達を導こう!」


「それと! 最低一体だけは、倒さずに残しましょう。わざと逃がし、奴らの本拠地を突き止めるんです……俺が追尾しますから」


ゴブリンを圧倒しても、あくまで冷静なリオネルである。

モーリスは、感嘆してしまう。


「おお、成る程! 了解だ!」


ここで一転、リオネルは神妙な顔付きとなり、モーリスへ頭を下げ、詫びる。


「……モーリスさん、今更ですが」


「おお、何だい、リオ君、改まって」


「いえ! 本当に申し訳ありません。俺はクランリーダーでもないのに、待機命令を完全に無視して突撃。その上、勝手に仕切ってしまいました」


しかし意外にも、モーリスは笑顔で、首を横へ振る。


「ははは、君は本当に謙虚だな。確かに命令無視はいけない。許される事ではない。でも……今回の命令無視に関しては不問にするよ」


「モーリスさん……」


「……リオ君には分かっていたのだろう? 絶望的だった状況を変え、勝利する為、自分が何をしたら良いのかを」


「………………」


「……君は常に沈着冷静であり、何をするべきかしっかり考えていた。同時に私の至らなさも見抜いていたんだ」


「………………」


「情けないが……リーダーたる私は……ゴブリンどもの数に怯え、臆していた。1,000体もの大群に圧倒され、どう考えても、勝機を見出すことが出来なかった……多勢に無勢。武技も魔法も通用しないと諦め、あのままでは手も足も出ず、ただただ、ゴブリンどもの横暴を見ているしかなかったはずだ」


己を冷静に、且つ客観的に見るモーリスの言葉。

リオネルがゴブリン渓谷で組んだクランリーダーでも、ここまでの者は居なかった。

並みのリーダーは、どのような失敗をしても、悪い結果が出ても、

『自分のあやまち』をそう簡単には認めないのだ。


「モーリスさん……」


「リオ君! 君がたったひとり、ゴブリンどもの中へ突っ込んで行ったのは、私から見れば、最初は全くの常識外、とんでもなくやけくその蛮勇にしか見えなかった! しかし、君は緻密に計算し、勝利を確信していたのだろう? けして無茶な行為ではなかったのだ!」


「いや、実はイチかバチかでした」とは絶対に言えない。

ここまで信じて来た心の『内なる声』に懸け、行動したばくち的な行為なのだ。


しかし、沈黙は金。

リオネルは無言である。


「………………」 


「私達が目撃した原野での大群撃破、そして! これまでリオネル君が戦って来た経験の裏付けがあったからだな」


「………………」 


「うむ! 改めて言おう! 本当に良くやったぞ、リオ君! やはり君の選択はベストだった」


「………………」


「大群を前にして、誰もが沈滞ムードの中、君が単身で奴らへ突っ込み、見事に切り崩してくれた! 誰もが奇跡だと思い、ひとり奮闘する君の姿を、戦いを見て、勇気づけられた!」


「………………」


「一気に形勢が逆転し、士気も上がった。見ろ、パトリス達を!!……」


モーリスに促され、リオネルは、村長のパトリスと自警団員達を見た。

彼らはもう、誰もうつむいてはいない。

全員が晴れやかな笑顔で前を向き、気合充分に、指示を、命令を待っていた。


「ようやく! キャナール村の明日が! 彼らに未来が見えたんだ! はっきりとな!」


明日が……

未来が……はっきりと見えた!


リオネルも、モーリスの言葉に胸が熱くなり、大きく頷く。


「はい、では追撃しましょう! モーリスさん、行きますよ!」


「おう! 行こう!」


同意し、頷いたモーリスはそう言うと、パトリスへ向き直る。


「おい、パトリス、リオ君の号令を聞いたか、ともに行くぞっ! 奴らを思い切りぶっとばしてやれ! これまでのうっぷんを全て晴らせ!」


「おう! 了解だ、モーリス! やってやるぞ!」


モーリスにげきを飛ばされ、晴れやかな笑顔のパトリスは、自警団員達へ言う。


「良いか、皆! 私達も一緒に行くのだ! リオネルさん達だけを戦わせてはいかん! 我々村民で勝利を勝ち取れぃ! 明日を! そして未来を! つかみ取るんだあ!」


「「「「「おお~~~っっっ!!!!」」」」」


リオネル、モーリス、ミリアン、カミーユ、

そしてパトリスと自警団員達……

全員から湧き上がるときの声が、荒れ果てた農地に響いたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


逃走一方のゴブリンどもを追撃し、倒すことは容易たやすかった。

リオネルの発した『威圧』の効果がはっきりと残っていたからだ。


威圧したリオネルだけでなく、人間に恐怖したゴブリンどもは、悲鳴をあげ、

ただただ逃げ惑った。


ぎゃっぴ~! ひええん! ぴゃああっ! ぎゃおおっ! きえ~んん!


そんなゴブリンどもを、リオネル達は全員で容赦なく倒して行く。


この一方的な反撃を、「残酷だ!」と言うなかれ。


これまでに……

農地が散々荒らされるだけでなく……

村民の10人以上がゴブリンの犠牲になっており、パトリス達の怒りは頂点に達していたのだ。


この戦いの中でも……モーリスが感嘆したように、リオネルは冷静沈着であった。


単にゴブリンを追撃するだけではなかった。

「ぜひ学びたい!」と希望していた拳法、

破邪聖煌拳はじゃせいこうけん』とは、何ぞや?

と、モーリス、ミリアン、カミーユの戦いぶりに注目したのだ。


攻防の体捌き、技の種類、威力等……

戦いの最中だが、じっくりと見届ける。


特に『強化ミスリル製ガントレット』の効果が気になった。

自分も使えるかという前提でしっかりと観察する。


モーリスの『強化ミスリル製ガントレット』には、破邪の効果がある、

『聖印』の力が宿っている。

モーリスの拳を受けたゴブリンは、あっさりと砕け散り、肉片となる。

この破壊力は『聖印』の力と、モーリス自身の結構なパワー、

そして拳速によるものだ。


ミリアンの『強化ミスリル製ガントレット』には、水属性の魔力が宿っていた。

彼女はパワーこそないが、俊敏さで相手の攻撃を次々に躱し、

相手の急所へ『凍気』を打ち込むコンビネーションセンスに優れていた。


そしてカミーユは、ミリアン以上といえる俊敏さを有していた。

相手の死角をつくのが抜群に上手い。

モーリスから付呪エンチャントして貰った『聖印』の力で、相手を弱らせ、

動きが鈍ったところで、素晴らしい速度の拳速で急所を打つ。


モーリス、ミリアン、カミーユの戦いぶりを見て、彼らの力量をある程度認識した。

実力の全てを見届けたわけではないが、今後一緒に戦う際には、大いに参考になるはずだ。


リオネルは満足そうに頷く。


破邪聖煌拳はじゃせいこうけん』習得に関しては手ごたえはつかんだ。

まず風、そして火の効果を持つ拳を極めてみたい。

ぜひ機会を作り、モーリスに稽古をつけて貰おうと思う。


そうこうしているうちに……

ゴブリンどもはあらかた討伐され、残りは後、数体となった。


「よし! 『わざと』あいつらを逃がします! 俺が後を追います」


リオネルの呼びかけで、自警団員達は討伐の手を止めた。


生き残った数体は……大慌てで、命からがら、農地の外へ逃れて行く……


「じゃあ、行きます! モーリスさんとミリアンは、回復魔法で怪我をした方の手当てをお願いします。奴らの『巣』を探し出したら、すぐキャナール村へ戻りますよ!」


リオネルはそう言い放つと、逃走したゴブリンどもを追い、走り出したのである。

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