第79話「ふたつの? ふたつ名」

「お、お、おいっ!! き、き、君ぃ!! ま、ま、待てぇっ!! 待つんだぁ!! 待てぇぇ!!!」


大慌てした男の絶叫が、リオネルの背後から追いかけて来た。


圧倒的な強さでゴブリン200体余を、たったの約30分で殲滅したリオネルは……

「しれっ」と去ろうとした際、慌てた男に呼び止められたのだ。


振り返ると……声をかけ、リオネルを止めたのは、

事前に『鷲の目』を使い、遠目で確認した通りの筋骨隆々、たくましい壮年の男だ。


改めて見れば、40代半ばくらいだろうか……

やはり、いかつい顔で冒険者風である。


男は「凄く驚いたよ!」というストレートでシンプルな波動を送って来る。


「き、君! たったひとりで、あれだけのゴブリンを倒すなんて、若いのにとんでもない強さだな? 一体何者なんだ?」


「はあ、俺、冒険者でっす」


「おお! 冒険者か! な、名前は?」


男は身を乗り出し、勢い込んで尋ねて来た。


と、ここで。


「モーリスさん!」


連れの少女が、しかめっ面。

まるでとがめるように、首を横へ振っている。


「ダメじゃない! 相手に名前を聞く時は先に名乗れって、私達にいっつも言っているでしょ!」


すると、すぐに少年も来て、しかめっ面をする。

改めて見ても、やはり少女とそっくりの顔立ちである。


遠目で見た時よりも、背は高かった。

170㎝くらいだろうか。


金髪碧眼でショートカットの少女と、同じく金髪碧眼で刈り上げ短髪にした少年。

ふたりとも15,6歳くらいだろう、双子に違いない。


「そうだよ! それにゴブリンを倒して貰ったお礼もまだ言ってないぜ! 俺達に礼儀正しくあれっていっつも口酸っぱく言う癖に、それじゃあ言行不一致だ」


「ああ、お前達、分かった、分かったよ。失礼した」


男はそう言い、一礼。


「私はモーリス、モーリス・バザン。冒険者で元・創世神教会の武闘僧モンクだ。ゴブリンどもを倒して貰い、助かった。ありがとう、礼を言う。私はともかく、このふたりは絶対に怪我をしていたはずだからな」


モーリスはそう言うと、少女と少年の方を向き、「ふっ」と鼻で笑った。


補足しよう。

この世界における武闘僧モンクとは、創世神教会の中で、

テンプル騎士団所属の騎士と並ぶ、教会所属の戦闘員である。


通常の業務も行う。

だが、創世神教会の施設警備が主な任務である。

また教会要人の身辺警護、トラブル処理も行う。

階級は様々だが、相応の権威を持たせる為、司祭が多いといわれる。


武闘僧モンクは格闘術に長け、魔法も使う。

武器は刃物ではなく、打撃系のメイスなどを使用する事が多い。

元・武闘僧モンクという事ならば……

モーリスは、創世神教会を退職したか……もしくは破門されたのかもしれない。

そう、リオネルは推測する。


話を戻そう。

モーリスに軽んじられ……少女と少年も反撃する。


「あ~、ズルイ! 自分だけは強いぞって、さりげなく自慢してる!」

「そうだよ、この人がひとりで、ゴブリン倒したから悔しいんだ!」


しかし!

モーリスも負けていない。


「シャラップ! 黙れ! こら! お前ら弟子の癖に生意気だ!」


「生意気って、弟子とか関係ないでしょ? 真っ当な意見よ!」

「そうだ、そうだ、正論だ!」


このままだと師弟3人の口論が終わりそうもない。

リオネルが「はい」と手を挙げる。


「あの~、俺も名乗って良いですか?」


しかし、少女がにっこり。

リオネルと同じく「はい」と手を挙げた。


「はい! じゃあ、私が先に名乗りますよ! 私はミリアン! 15歳です! カミーユとは双子の姉弟で、冒険者見習いです! 人相と性格の悪い師匠ともども、3人を助けてくれてありがとうございます!」


「誰が人相と性格が悪い師匠だ!」というモーリスのクレームをスルー、

当然ながら、少年も続く。

この双子、コンビネーションも◎

息がぴったり合っている。


「うっす! 俺は、カミーユ! 15歳で冒険者見習いっす! ミリアン姉さんが言った通り、双子の弟でっす。お兄さん、めちゃくちゃ強いっすね! ありがとうございま~す!」


「ええっと、どういたしまして。俺はリオネル・ロートレック、冒険者です」


リオネルが名乗ると、モーリスが反応する。


「おお、そうか! 君がリオネル君なのか? ずいぶん若いな、何歳かね?」


「18歳です。モーリスさん、俺の事ご存じなんですか?」


「ああ、知ってる! 最近王都支部で評判の若きランカー、『疾風しっぷう弾丸だんがん』とは君だったんだな」


「はあ? 最近評判? 俺が疾風の弾丸!? ……なんですかあ?」


疾風の弾丸????

えらく『べたな名前』である。


と、思ったらモーリスは言う。


「ああ、リオネル君のふたつ名さ」


「俺のふたつ名……」


補足しよう。

『ふたつ名』とは、本名や正式名称以外に対象を示すとものして、用いられる呼び名の事である。

異名、通称、あだ名、通り名、ニックネームとも言う。


「うむ、リオネル君の事は、冒険者達の間で噂になっていたんだよ!」


「噂って……そうなんですか」


「ああ! でも納得した! 私達の脇を、人間とは思えない速さですっ飛んで行ったからな! ははははは!」


「ま、まあ……ちょっち、気合入れて走っただけっす」


「ちょっち、気合を? 何を言っている! 足が人間離れして速いってのも、とんでもなく凄い才能なんだ! ああ! もうひとつ、思い出したぞ!」


モーリスは「ポン!」と手を叩いた。


「は? もうひとつ、思い出した? 何をですか?」


「うむ! それと、リオネル君はいつもゴブリン渓谷で、ぼっち……いや! 単独で大暴れしていたから、別の名前もあった!」


「え? 別の名前?」


「うん! リオネル君はね、情け容赦無用の『荒くれぼっち』とも言われているそうだよ。うんうん! さっきのバトルを見たら大いに納得するねぇ!」


 はあ!?

 俺が、情け容赦無用の? 

 荒くれ……ぼっち!?

 

 何だろう、その超カッコ悪く、ダサい名前は!?


「うっわ! 『荒くれぼっち』って、ひ、ひでぇ……疾風の弾丸の方が、全然カッコ良いっすよ」


「はははははは! リオネル君! 私もそう思う! 断然、疾風の弾丸が良いと思うよ」


「そうっすよねえ……」


まさか、自分が知らない間に、とんでもない『ふたつ名』がついていたとは……


それも文字通り『ふたつ』とは……


リオネルは、思わず苦笑したのである。

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