第35話「思い残す事はありません」

作業台に置かれた鉱石の山。

冒険者ギルドの鉱石専門の魔法鑑定士が念入りにチェックしていく。


その傍らでリオネル、ナタリーとサブマスターが話し込んでいた。

リオネルの討伐を絶賛したナタリー同様、サブマスターも手放しでリオネルをほめている。


「リオネル・ロートレック君、君は本当に素晴らしいね。冒険者ギルドに登録した時はランクFでレベル5の魔法使いだった。それが今やランクDとなりレベルも倍以上の12。著しい成長ぶりだ」


「まあ、何とかって感じです」


「今回のゴブリン討伐で、文句なくランクCへ昇格だ。この分でいけば、ランクB、ランカーになるのも時間の問題だ」


「はあ、ありがとうございます」


ランクCの昇格確定。

普通なら大喜びするところだが、リオネルは冷静に淡々と言葉を戻した。

まだ、失恋のショックが大きく尾を引いていた。

一種の『賢者タイム』といってもよい。


片や、サブマスターは何か言いたい事があるらしい。


「ただ……」


「ただ、何でしょう?」


「君はソロプレーヤーだそうだが、このままではいけないぞ」


サブマスターは、少し渋い表情で首を横へ振った。

対して、リオネルも尋ねる。


「サブマスター、このままでは、いけないのですか?」


「うむ、たったひとりでは依頼を完遂するのも……いや、全てにおいて限界がある。それと万が一何かあった時に、ひとりでは命が助からない。サポート役が居ないと、取り返しがつかない場合も多々あるからな」


「成る程」


「これは我々ギルドの総意と思ってくれて構わない」


「ギルドの総意ですか」


「ああ、リオネル君は、王都のしかるべき有力クランに所属した方が良い。何なら私から推薦するか、紹介しても構わない」


サブマスターの提案は……いいかげん『ぼっち』をやめろ、という『忠告』である。


最初から好きで『ぼっち』だったわけではない。

そう言いたい。

加えて、父から切られた『リミット』が迫っていた。


「……申し訳ありません、サブマスター。残念ですが、そのご提案は受ける事は出来ません」


「何故だね?」


「俺は事情があって、まもなくこの王都を出なければなりませんから」


リオネルが言えば、サブマスターはズバン!と直球を投げ込んで来る。


「事情とは……君の実家の事かね? ディドロ家の」


「……ご存じでしたか」


「ああ、当然だ。君はリオネル・ロートレックと名乗ってはいるが、高名な魔法使い家ディドロ家の3男坊、リオネル・ディドロ君だろう? リオネル君がお父上から修行に出るよう命じられた経緯は、こちらで調べた。君が冒険者ギルドへ来た時すぐにな」


冒険者ギルドは、リオネルが所属した時に調査をかけていた。

リオネルの身元を確認していたのである。


「ギルドから、君のお父上に申し入れをしても構わない。無理をして王都から出る必要はないんだ」

「そうですよ、リオネルさん。ギルドから頼んで王都に居られるようにしてあげます」


サブマスターとナタリーは引き留めるが……


「いえ……申し訳ありませんが、俺の気持ちは変わりません。それに実家は関係ないんです。故郷である王都に思い残す事は何もありませんし、旅に出ようと思っています。この街を離れ、広い世界を見たいのです」


リオネルの決意は固かった。

そうこうしているうちに、魔法鑑定士が挙手をした。

鑑定は終わったようである。


「宜しいですか、リオネル・ロートレックさんが持ち帰った鉱石の買取額は、総計で金貨580枚、銀貨5枚、銅貨8枚となります」


……リオネルは、提示された買取額をOKし、討伐報奨金と合わせ、

何と何と!

金貨1,267枚、銀貨18枚、銅貨8枚を受け取った。

これは《日本円で1,200万以上》王都では、そこそこの屋敷が買えるほどの大金である。


そして、リオネルは手続きをして貰い、晴れてランクCへの昇格が確定した。

これでランクBの上級冒険者を目指す現実的な目標……

つまりランカーへのしっかりとした『手応え』が生じたといえよう。


全ての手続きが終わった後、リオネルは3人へ丁寧に礼を言い、冒険者ギルドを辞去したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


冒険者ギルドを出たのはもう夕方5時前だった。

夕日が、リオネルの姿を赤く染めている。


歩きながら、リオネルは大きく伸びをした。

大きくため息を吐く。


「はあ~あ! 思い切り振られちまった! 亡くなった弟さんに俺が良く似ていたのかあ……成る程なあ、ナタリーさんが気さくで優しかったのは、それかあ……」


冒険者ギルドを出て、王都の街中を歩きながら、リオネルは独り言ちた。


「まあ、仕方がない。俺とナタリーさんは恋愛の縁がなかった。そもそも俺に男子としての魅力が全くないのが、大きな問題なんだ」


ふっと苦笑し、リオネルは更につぶやく。

ナタリーの美しい顔、「すらり」とした肢体が浮かんで来る。


「畜生! 凄く可愛いし、素敵な女性だったな、ナタリーさん。でも俺はまだ18歳だ。この失恋をかてにして、もっと素敵な相手を見つけるぞ。その為には、全てにおいて一生懸命、頑張らなきゃ!」


振られてしまったが……

明日から王都を旅立つまで、またギルドで講座を受講し、いろいろ学び、いろいろ実践したいと、リオネルは思う。


その際には、ナタリーさんにいろいろ手配して貰うつもりだ。

不快に思われないよう、俺は今まで通り、丁寧に礼儀正しく、そして元気良くお願いしよう!

彼女は、きっと笑顔で応えてくれるに違いない。


で、今日はこのまま宿へ戻ろう!

アンセルムさんに顔だけ見せて、ギルドへ行ったから。


改めて、今回の討伐を報告、詳しく説明しよう。

魔道具譲渡のお礼もかねて、報奨金からお礼を出そう。

出発まで宿の手伝いをしたいし、もう少し旅費を稼いでおきたい。


くよくよしている暇はない!

気合を入れ直して、頑張るぞ、俺!

この街に……故郷には、もう思い残す事はない!


今度はため息ではない。

決意のあかしだ。

リオネルは大きく息を吐き、ねぐらたる宿屋へ戻って行った。

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