第2話 『石膏者』の一日

 メレンケリの一日は淡々としている。


 彼女は午前六時に起床すると、午前八時三十分から始まる仕事に合わせ、食事と最低限の支度をすると家を出る。


 服装はいつも、綿で出来たワンピースなので迷うことはない。肌触りがよく、動きやすいため好んで着ているが、彼女の母・リフィルからは、たまに「折角だから、もう少し明るい色を着たら?」と言われることがある。リフィルがそういうのも無理もなく、十九歳の女の子が着るには落ち着きすぎた、くすんだ色ばかり着ていたからだ。


 しかし、メレンケリは明るい色を着たいとちっとも思わなかった。



 ――出来るだけ目立たず、自分の心が落ち着ける色がいい。



 彼女はそう思っていたので、今まで母に言われて明るい色を着たためしがないし、お洒落をしようと思ったことも特にない。それは彼女が就いている仕事や境遇がそうさせてしまったのだろう。


 メレンケリが住んでいる国の名は、「ジルコ王国」と言う。

 その国の中で一番大きな街・ファイレーンがあるところから、北西の外れにある丘の上にメレンケリの家がぽつりと建っており、そこから三十分掛け、徒歩で仕事場へ向かう。行きは下りなので案外楽だ。


 軍事警察署に着くと、彼女が所属する「調査部」の職員室へ向かい、自分の席で仕事の準備をする。彼女の場合、当日取り調べが行われる者たちの書類が机に載っているのでそれに目を通す。しかしメレンケリは感情移入しないために、体型と性別、罪状だけ読み、今日までの取り調べの経過などは読まないようにしている。


 それはその者を石にしなければならない場合に、これらの情報が彼女の行動を制約しかねないからである。感情移入するのを防ぐため、取り調べの際に必要となったときしか読まない。


 朝礼で取り調べが行われる場所と時間を確認する。それが始まるころに取調室がある隣室へ向かい、容疑者と軍人のやり取りに耳を澄ますのだ。

 しかしメレンケリには容疑者が誰であろうが関係ない。罪の重さも、それが真実であるかどうかすらも考える必要はないはないのだ。


 必要なのは、取り調べをしている軍人が、容疑者を「石にする」と決めたら迷いなく力を行使すること。それだけだ。


 軍人とのやり取りを聞き、容疑者が情に訴えかけるような話し方をしても、彼女は一切なびかない。そこに心が動かされそうになる言葉があっても、切実な訴えがあったとしても、彼女は静かにその話を聞き流すのだ。

 メレンケリは一日の中でそれを繰り返す。


 事情聴取をする軍人のやり取りを聞きながら、取り乱す者がいれば石にし、埒が明かないやり取りを繰り返す者がいれば、その者も石にする。容赦はしない。


 それがメレンケリに与えられた『石膏者せっこうしゃ』という特別な仕事であり、称号なのである。


 しかし、何故このように取り調べが厳しいのか。

 それは彼女が立ち合う取り調べのほとんどが、この国の人間に対して行っているわけではないからだ。

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