謎のノートを見つけた件

夜々予肆

謎のノート

 放課後、いつものように俺は図書館に持参したノートパソコンを持ち込んで小説をカタカタ執筆していた。プロットは既に細かく練り終えていたから後はただただ指を動かし続けるだけだった。今書いているのは『欠席できない俺と白銀の転校生』というアザラシの美少女と留年寸前の男子高校生が繰り広げるラブコメだ。ヒロインがアザラシでいいのかどうかは正直悩むところだが、それを変えてしまうとプロットが完全に破綻してしまうので今更変えられそうにもなかった。こんなんで本当に大丈夫だろうかと少しだけ不安になる。


「大丈夫です。山崎さんなら絶対、いい作品に出来ます」

「唯花先輩……!」


 向かいの席に座って分厚い本を読んでいた唯花先輩が俺の不安を見透かしたかのように優しく微笑んでくれた。まるで冬の妖精のような可憐な微笑みだった。冬の妖精なんて見たことないけどきっとそれは彼女のことなんだろうと思う。


「私と山崎さんのことについてはhttps://kakuyomu.jp/works/1177354054897414836を参照してくださいね」

「え、今何て言いました?」

「好きです。山崎さん」

「あ、うぇ……お、俺も好きです。唯花先輩」


 なんか数字をたくさん言っていた気がするが気のせいだろうか。気のせいだろうな。何時間も執筆を続けてきたから疲れが回ってきたんだろう。少し休憩しよう。なんだか顔もめちゃくちゃ熱くなってきたし。俺はしっかりと上書き保存をした後、ノートパソコンをシャットダウンした。そして唯花先輩の顔を真っすぐ見つめた。唯花先輩も俺をじっと見つめた。しばらくそうしていたけど恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。しっかりしろ俺。彼氏だろ。


「あ、あの、書庫に行ってきます。探したい本があるんです」


 天井にある点々を数えていたら唯花先輩が早口でそう言って席を離れた。しまった。


「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 俺は慌てて先輩を追いかけた。


                *


 書庫に入ると、先輩は薄っぺらい大学ノートをパラパラと捲っていた。


「山崎さん、これを見て下さい」


 先輩は俺にノートのとあるページを見せてくれた。


「『なのかのなのか』?」


 そこにはなのかのなのかと汚く大きな字で書かれていた。先輩は俺と一緒にノートを見ながらこくりと頷いた。


「そういうタイトルの小説のネタですね。なのかという女子高生の主人公と3人のクラスメイトの何気ない1週間を描くというもののようです」

「え、そんなことまでわかるんですか……?」

「わかりますよ。図書委員ですし」


 怖。図書委員って怖。


「ですが、小説で深夜アニメでよくやっているような日常系の物語を書くというのはこのノートの持ち主の方には少々難易度が高かったのだと思います。進まない話を進めるという矛盾したことをやることはできなかったみたいですね」

「そ、そうなんですね……」


 唯花先輩がそう言っているんだからきっとそうなんだろうな、と思うしかなかった。先輩はそれからまた違うページを開いて見せてきた。


「『かがくぶ☆あどべんちゃー』?」

「これは科学部の部員たちがゲームの中に入ってしまって大冒険するという完全にジュマンジのパクリな作品ですね。流石にこのままだとモロパクになってしまうと思い終盤は現実世界でゲームキャラクターと戦う展開にしてみたようですが、結局これもエグゼイドみたいな感じになってしまいパクリにしかならないとの事で執筆は断念したようです」

「そんなの書けなくて当然ですね」


 一体誰が書いたんだろうなと思っていたら、またページが捲られた。


「『場面ライダーπππ(パイズ)』って完全にふざけてますよね」

「場面を自在に切り替えて敵と戦うバトルものですね。卒業式の日に告白する場面や女子更衣室に間違って入ってしまった場面に敵を飛ばして倒す作品のようです」

「意味がわかりません」

「ある日突如タイトルを閃いて凄まじいアイデアが来たと思ったようですが、中身の構想がいくらなんでも支離滅裂すぎたようですね」


 そうしてまた、ページが捲られた。


「『俺の背後になんかいる』ってホラーでしょうか」

「ホラーに見せかけたラブコメを書こうとしたようです。ですが結局出オチになってしまってやめたようです。幽霊みたいなヒロインが思ったよりも普通の女の子になってしまったとかそんな感じですね」

「最初は独自路線だったけど気づいたら既定路線になっていた……あるあるですよね。ていうかこっちのページの『ポメラニアン』ってこれはただの犬の品種じゃないですか」

「犬視点で描く大学生の恋愛ものに挑戦しようとしたようですが面倒になってやめたようです」

「色々制約きつそうですしね」

「『Popper』ってSoccerのもじりでしょうか」

「そのようですね。ある日サッカー星人が地球を侵略しに来てプロアマ学生問わずサッカー選手を大量虐殺している中、かつてどんな場所からでもシュートを決めることができたため伝説のストライカーと呼ばれていた主人公が世界を救うためにたったひとりでサッカー星人に立ち向かうというイナズマイレブンルナティックモードみたいな作品ですね。結局ストーリーが思いつかずやめたようですが」

「いくら主人公がチートでもどうにもならないこともありますよね」

「『人気女優になるためには』って気になりますね」

「田舎から上京してきた主人公が中途半端に売れてるが故に苦しんでいる若手女優と共に厳しくも夢がある芸能界を駆け抜けるという作品ですね」

「これは結構良いじゃないですか。王道シンデレラストーリーになりそうですし」

「確かにそれだけ聞くとそうなんですけど、物語の鍵になりそうな頂点にいる人気女優が実は関係者を洗脳してたりライバル女優を事故に見せかけて殺害していたりするんです。だから彼女は人気女優でいられている。そういうことなんです」

「怖すぎますね」

「はい。こんな化け物相手に平凡な田舎娘の主人公とご当地アイドル崩れの若手女優が勝てるはずありませんでした。彼女らもあっけなく殺され芸能界の闇というものを知って物語は終わります」

「いくらなんでもそりゃないよって感じですね……。じゃ、じゃあこの……『僕と君の知ることと知らないことと』。これはちゃんとした恋愛ものですよね?」

「はい。重い病気を患っていて自由にどこかに行ったり勉強したりできないヒロインに主人公が色々なことを教えていくという純愛ラブストーリーです」

「面白そうですね」

「はい。しかもちゃんとひとひねりもされていて、ヒロインが病気で死ぬと見せかけておいて主人公の方が事故に遭って記憶喪失に陥るというどんでん返しがあるんです」

「それは……すごいですね。その後はどうなるんですか?」

「そこなんですよね。心が成長したヒロインの姿を見せるとか、アルバムか何かを見せるとかで安易に記憶を取り戻せてしまうと茶番になってしまう。だからといって記憶を失ったままでいると救いがなさすぎるバッドエンドになってしまう。それで結局どうにもならなかったようです」

「ご都合主義というものにどう向き合うべきか……難しいですよね」

「このページはタイトルが書かれていない代わりにプロットが書かれていますね。『両端から閉じてゆく氷の壁。逃げ切ろうと思ったが逃げ切れず。仲間と離れ離れに。熱で氷に穴をあけ、仲間と合流。プレート型のワープ装置で仲間を転送(置く食事をどんどん増やしていくことで転送先が変わる?)していたら敵が入り込んできた。ビビッて先に入る。気づいたら家の中。仲間たちの行方は、知らない』」

「どういう話なんですか!?」

「これは……私にも理解できません。なぜこのようなプロットを残そうと思ったんでしょうか……」


 図書委員にも理解できないものはあったみたいだ。やっぱりあんまり怖くないものなのかもしれない。


「ですがこのページの『すごい美少女』というのはしっかりと理解できます。異星人のヒロインが主人公たち天文部員と共に、地球に落ちてくる小惑星から地球を守ろうとするというSFのようなのですが、SF方面の知識があまりにも足りず断念したようです」

「取材すればよかったのに」

「そうしたところでまともなSFになってちゃんと読まれるようになるとは限らないでしょう」

「確かに」

「この『天使』という作品はヒロインが天使というSFとは真逆をいっていますが、伏線があからさますぎるというのとヒロインが主人公とイチャついて天界に帰ってまた戻ってくるという展開は今更普通過ぎるというので断念したようです。天界だけに」

「あからさますぎる伏線はただの伏してない線ですよね」


 それからも色々書かれていたが、特に面白そうなものはなかった。そして先輩はノートをぱたりと閉じて元々あった場所と思わしきところに雑に置いた。


「一体誰が書いたんでしょうか」


 俺は先輩に尋ねた。


「きっととても遠くにいて、ずっとそばにいる。そんな人ですよ」


 先輩は振り返りながら、春の妖精のように微笑んだ。


「ところで探してた本って何なんですか?」

「ああ、それはこれです。幼馴染との2年間ツーイヤーズです」

「ラノベ……ですか?」

「はい。ですがこれはただのライトノベルではないと言われています。フィクションなのにこれはフィクションではないと脳が拒否するほど凄まじいクオリティの作品であると聞いています」

「そんな凄い作品があるんですか。俺も負けていられませんね」

「ふふ。頑張って下さいね。この作品を書いた方――斉藤本太郎さいとうぽんたろう先生は当時中学1年生だったようです。まさに若き天才作家ですよ」

「中1!? マジすか!?」

「マジですよ」

「よし! じゃあ俺も頑張ります! 高2だけど!」


 それから俺はその気合のまま小説の続きを書こうとしたが、やっぱりアザラシがヒロインというのはちょっと無理があったので執筆を途中で断念したのであった。

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