刃が無くても斬れる浪人は、新天地でも戦います
軽沢 えのき
第1話 起源
空が鈍い雲で覆われた日に、碇矢正和は雨に見舞われていた。
燻されたような、鈍い輝きを放つ銀髪が、雨風に濡らされている。獣耳と尻尾も毛がビシャビシャに濡れてしまっている。
「あーやだやだ、旅路の途中で深編笠は壊れるし、雨には降られるし……」
正和は尻尾を振り回しながら、近場にある壊れた木造の建物で雨宿りをしようとした。
「ふぅー……ってここ雨漏りしてる……」
正和はため息をついた。せっかく雨宿りできる場所があると思ったのに、雨漏りして使い物にならなかったのだ。
ふと、目の前を見ると、そこには石でできた地蔵が、傘をかけられていた。
「おっ! こいつぁ重畳! もらっちまお……」
「これそこな旅の人。まさかその傘を奪うわけではあるまいな?」
正和が傘を取ろうとしたとき、木陰の方から女性の声が聞こえた。
「んん? そりゃあ、こんなところに傘があるからな」
「それは雨に濡れる仏様を哀れんで誰かが置いて行った。いわば”お供え物”だ。みっともないぞ」
「この仏像様が木や鉄ならともかく、石じゃねえか。だったら、錆びることはないし、腐る心配もない。あいにくこっちは風邪を引きかねないんでね」
「果たしてどうかな。水の力は岩をも穿つ。その地蔵様が何時削れてしまうか分からんぞ」
「ったく、初対面のくせしてうっせえな……じゃあ代わりになるもの置いていけばいいんだな? ほれ」
正和は、壊れた深編笠を地蔵に被せた。壊れてこそいるが、地蔵一つ守るには十分な大きさだろう。
「はぁ……まぁ、それならよかろう……そうだ。一つ忠告しておこう」
「なんだ? 罰が当たるとかそんな話しか?」
「いいや、このあたりにはやたらと勢力圏を拡大している悪者がいてね。ここから先はそいつらがうろついているのを見た。くれぐれも気を付けたまえよ」
「そいつはご忠告どうも」
正和は傘をさして森の奥へと足を進めた。
森はそこまで茂っているわけでもなく、上には曇った空が良く見える。
「果たしてそんな悪者がこんな場所にのさばるのかね……ん?」
正和の視線にふと入ったのは、木にもたれかかっている少女だった。
「外傷は浅いな……」
第一声はそれだった。実際、服装こそボロボロではあったが、本人そのものに表立った外傷は少なかった。
「この子……寝てんのか……? 一体何が起きて……」
「おい貴様、そこで何をしている」
後ろから声をかけられたので、振り返ると、剣を持った黒フードの男たちが隊列を組んでいた。
「何って……ここに女の子がいるから気にかけてただけだが?」
「その女は……! 貴様、その女を引き渡せば、ここは見逃そうではないか」
「この子はお偉いさんかなんかか? それとも、腐敗した王族の娘とかか?」
「いいや貴様には関係ない! とっとと失せろ!」
指揮官らしき仮面の男が仰々しくそう言ってきた。
正和は立ち上がり、左手で男たちを指さした。
「ほー……身元もわからん女の子を複数人で追っかけまわしてとっ捕まえようとする連中を、この辺りじゃ組織って言うのかい?」
『な、何ィ!』
男たちは全会一致の反応を示した。
これはキレてるだろう。正和はすぐにその殺気を感じ取った。
「貴様、我ら組織を侮辱した罪、この場で償ってもらうぞ!」
「いやちょっと待ってくれよ、そんなキレることだったか? まあアンタらを侮辱したのは確かかもしれんがよ」
「御託を抜かせ! ものども! かかれ!」
男たちは一斉に正和に襲い掛かってきた。
正和は白鞘に収められた直刀を引き抜かずに、格闘戦のみで五人を圧倒した。
「そう物騒なもん振り回して怒りなさんな! なにしろここらの事情には疎いもんでね!」
正和は傘を閉じて、先端で男の顔面を突いた。
衝撃で大きく吹き飛ばされ、その先の木の枝に心臓が深々と突き刺さった。
間髪入れずに、正和は刀を抜き、傘を開いて天高くあげた後、見事な捌きで別の男の首をはねた。
「お、おのれ! 貴様、一体何者だ!」
「ああ? 俺はただの人間だよ。ただちょいと心が俗物なだけの……なっ!」
正和は刀を構え、傘が落ちてくる前に、全ての男たちを刀一本で圧倒して見せた。
その姿は舞うというには動きが堅く、かと言って型が整っているかといえばそうでもない、独特な剣術を用いていた。
「ぐわぁぁぁぁぁ!!!」
「まぁ、筋の通ってない若人どもにはこれくらいが限度だろうよ!」
正和は鞘と刀を地面に突き刺し、その場で手を組んだ。
印を結び、周りの水がはじけ飛ぶ。はじけ飛んだ水は矢を象り、男たちの首に深々と突き刺さった。
「ごふっ……」
「はぁ……ってああ! ったくこれだから魔術は……」
手に取った傘には、小さな亀裂が入っていた。どうやら先ほどの印を結んだ時に無差別にとんでいった矢が裂いて行ったようだ。
「はぁ……とりあえず、この子を連れて戻るか……あのでっかい樹なら、きっと寝かせることくらいできるだろ」
正和は少女を背負って、地蔵の近くにある大樹の方へと戻っていった。
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