覚醒の章
第2話
天上でモズの鳴き声がどこからともなくする。
高い音色の鳴き声が秋の訪れを告げる。
といっても気温はシャツを肌にじんわりと汗ばませるほどにまだ暑い。
よく耳をすませば、周辺の森にはモズだけじゃない鳥の鳴き声が飛びかっている。
今日は何回忌だろうか。
俺が小さい頃に早くも亡くなったので、既に数えきれない程になってしまった本家のじいちゃんの墓参りだ。
山の麓の森に囲まれた寺での法要は、ここにくるまでの距離がもう暑かった。
同じ町内だからと、車を使わず全員徒歩で来たのだ。
なんでこう、日本の中年は健康的で元気なんだろうな。
下手したら俺よりさっさと前に進んで置いてかれそうになったくらいだ。
到着する頃には昼過ぎをまわっていた。
太陽がもっとも照りつける時間に、こうして一同墓の周りを囲んでいるわけだ。
清町_しんまち_。
正式には清町市という。
人名にちゃんが二つついて二重敬称となっているような、まるで愛子ちゃんさんのような奇妙な感じだが、市として行政区画整理される前から清町清町と呼ばれている地域なのでそのまま採用されたのだ。
元々この街は四方を山に囲まれ酷く蒸している地域だ。
墓前に立てられたお線香がもうもうと立ち上ぼり、時折吹く風に揺られている。
俺の黒い前髪も揺れた。
長過ぎて母から早く切りにいきなさいと言われている。
柏木家勢揃い。
親類一同が神妙な顔をしてじいちゃんの墓に手を合わせている。
俺の両親、本家のおばさん、本家のおじさん、本家のおばあちゃん。
そして渉流_わたる_、の筈だったが、渉流の姿はどこにもいない。
「ちょっとトイレ」
「定児_ていじ_!」
母親に軽く睨まれるも、俺はそそくさと抜け出した。
ここは『最清寺』_さいしょうじ_というお寺だ。
町外れの吐黒山_とぐろさん_という山に近い、落ち着いた場所にある。
近くにはとある神社もある。
自然の美味しい空気が流れる二酸化炭素濃度の少ない場所だ。
「なんだ、ここにいたのか」
ぐるーりと裏手にまわりこむと広い池の傍らに佇む渉流がいた。
池というか堀というか、そんな巨大な水溜まりだ。
多分昔は外敵を防ぐためにここらのお殿様なんかが掘らせたんじゃないのかな?
「定児」
金髪のミドルロングヘアが俺の名を呼びながらくるりと振り返る。
「何してんの?こんなトコでさ」
「何って……修行」
事も無げにまたそっぽを向きながら渉流は答える。
「修行?何の?」
「じいさんに言われた修行の一つを思い出してな」
「ふうん、相変わらずよくわかんないけど大変だね。本家の一人息子は……」
水に石をポチャンとぶん投げる。
「俺は貰われた子だからなっ」
卑屈ではなく笑いながら俺は言う。
事実俺は養子で良かったと思っている。
この家は大昔から続く特殊な家系なのだ。
遡れば時の朝廷仕えしていた人間に行き当たるらしく、立派な家系図だって本家にある。
そこの長男である渉流には、人には理解できない特殊な力がある。
そのため物心つく内から謎の修行とやらをやらされていた。
もちろん俺は参加などしたことないから、どんな内容かサッパリわからない。
渉流はとても鋭く、突然の来客者がいつ来るかもわかったり、知人や近所のおばさんが病気になるのも度々言い当てて、その度に俺は驚かされている。
なので渉流の力は疑ってなどいない。
俺自身といえばそんな力はさっぱりなんだけど。
柏木のこの家で育てられたことも、渉流と違い俺にそんな能力無いことも、共に気楽で良かったと思っている。
育ててくれている父母は優しいし、学業成績は悪いが、学校生活にも何も問題はない。
不満など特に見当たらない毎日だ。
「ここら辺り一帯は古来から神域だからな。俺の力が具現化しやすい。ほら、あそこに#『神悳神社』__しんとくじんじゃ__#があるだろ?」
渉流は山のほうを指して言う。
真悳神社とは、まるで平安の建築の面影を残す広い立派な神社で、足を踏み入れると平安の世にタイムスリップした気になる神宮だ。
神官の数もかなりいる。
「あそこはな、この寺と繋がっている。そして結ばれている。結界が発生しているのさ」
結界?そこらへんのことを言われても俺にはわからない。
「何だかわからないけど君の修行には都合が良いってことか」
「そうだ」
そっけなく答える渉流は、相変わらずのツンとした雰囲気を放っている。
だが幼なじみだから知っている。この人間は心根に情愛が満ちていることに。
「まあ頑張っておくれよ。俺は行っちゃうぜ」
じゃあな、と片手をふりあげて俺は去った。
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