けむりの家(第六版)
三毛猫
祖母
「幸助、本当にいいのか」
「いいよ、その方が楽だから」
父は彼がひとりになるのを心配していた。家には祖母のほかに誰もいなくなった。母と兄がいたが、家を出て行ってしまって、もういない。
「じゃあ、行ってくるから――」
父も、簡単にこう言って出て行った。
彼は〝ああ〟と言っただけだった。
この時の彼には、毎日の生活の端を明るくするに出来なかった。すべてやめてしまったことを、もう一度やりなおすということは難しかった。
彼は家に残った。祖母と二人きりの生活だった。
幸助の祖母は彼の帰りを待つ人だった。帰る来る人を待っているのが、家にいる責任だと思っていた。
幸助は大学に通っていた。帰りが遅くなるのは当然のようによくあることであった。けれども祖母は夜遅くなって、どこの家も寝静まってしまっても、眠らずに幸助の帰りを待っているのだった。
「さき、寝て良いんだからね」
「そう――?」
彼がそう話しても、翌日はまたおなじように彼を待っているのだった。彼はしばらくして、はやく家に帰るようにした。どこかでまた彼は、しがらみからぬけ出せなくなっていた。家族というしがらみに救いを求めているようだった。
彼ははやく家に帰るようにしてから、友人とのつきあいを減らした。それは、彼自身の生活と友人たちとの間柄がうまくリンクしなくなっていったからであった。そうした生活がつづいて、家にいる時間が多くなると、彼には考える時間が増えるようになった。彼の頭の中では、ながい時間で起きたまとまりきらない記憶がわきあがってきた。
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