【声劇台本】さよならカラーズ(1:1:1)

アダツ

【声劇台本】さよならカラーズ(1:1:1)

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注意点

・Nはナレーションです。()内は状況説明です。

・今作は、「彩加」役にセリフの比重が偏っております。ご了承ください。

・「スミレ」役は男女問いません。



キャラクター

・彩加(あやか):音楽大学付属高等学校に通う16歳の女子高生。ピアノ専門。

・アオ:カラーズのリーダー。元気あり余る男子。

・スミレ:カラーズのメンバー。中性的な顔立ち。



-----【コピペ用】-----

さよならカラーズ

作者:アダツ


彩加♀:

アオ♂:

スミレ♂♀:

-------------------------




ここから本編↓

___________________________





彩加N:おばあちゃんが言っていた。公民館の南にある裏山には近づくなと。なんでもイノシシが住んでいるらしく、子供を見かけたら一目散に突っ込んでくるという。


彩加N:夏休みに入って最初の週末、わたしはレッスンを投げ出して、曇り空のした、その裏山にきていた。



彩加:はあ……はあ……ふぅ。……え、雨? 嘘でしょ。


アオ:こっちだ。(どこからか声が聞こえる)


彩加:え!? な、なにあれ……。大きい、何かの……頭?



彩加N:それはまるで巨大なちたロボットの頭が、地面から突き出ているように見えた。どうやら中に潜りこめそうな穴もある。わたしは、勢いを増していく雨音をき分けて、その頭の目の部分から中へ滑り込んだ。



彩加:すごい。思ってたより広いし、綺麗……。


アオ:よっ。


彩加:え? あっ、え!? きゃあ!!


アオ:ははっ、3度も驚いてやんの。


彩加:すみませんごめんなさい!


アオ:おっとっと、怖がらなくていいから。ほら、お前とそう歳も変わんねえだろ?


彩加:ひ、あ、だ、誰ですか……?


アオ:ここに住んで……はいないか。これの所有者みたいなもんだ。


彩加:あ、そうなんですか……勝手に入ってすみません。


アオ:いいんだよ、おれが呼んだわけだし。子供なら追い出したりしないさ。で、どうしたんだ?


彩加:どうしたって、雨宿りを。


アオ:ちげえよ。こんな所まで足を運んだ理由をいてんだ。


彩加:……っ。その。


アオ:うん?


彩加:嫌に、なったからです。


アオ:何が。


彩加:ピアノ。


アオ:弾けるのか。


彩加:全然です。しんどくて、辞めたい。


アオ:ふーん。辞めりゃいいじゃねえか。


彩加:できませんよ。


アオ:おっと、もう、敬語はやめだ。おれは16歳、お前は?


彩加:……16歳。


アオ:よっし、同い年だな。じゃあタメ口でよろしく! ……で、どうして辞められないんだよ。


彩加:だって……ピアノ以外何もできないから。手放しちゃったら、わたしなんて、生きてる意味なんかない。


アオ:そりゃ、楽しくない人生だな。


彩加:うん。


アオ:…………。ん、よっし。こっちこいよ。



彩加N:そでを引っ張られ、わたしは彼の足元にある穴の方へいざなわれた。人が三人ほど入れそうな空間で、座席がひとつ、中央に鎮座ちんざしている。



アオ:このロボットのコックピット部分さ。


彩加:え、やっぱりロボットだったの、これ?


アオ:そりゃあ、どこからどう見てもロボットだろうよ!


彩加:でも、頭しかなかったし。


アオ:身体は地面に埋まってんの。見かけによらず、まだ色んなスペースがあるぜ。8人は乗れるかな。とりあえずここ座って、操縦桿そうじゅうかん握ってみな。


彩加:う、うん。――え、なになになに!? 急に光りだしたんだけど!


アオ:だいじょーぶ、まだ動くわけじゃないからさ。シミュレーションみたいなもんだ。


彩加:画面が……!


アオ:綺麗だろ。リアルインベーダーゲームってところか。いや、FPSって言うのかな。迫ってくる敵を装備している銃でやっつけるんだ。


彩加:ま、まって操作わかんないんだけど!


アオ:このボタンで射撃、ハンドルで方向転換。足のペダルで前後に動ける。


彩加:わっ、たっ、とっ、たっ!?


アオ:おお、マジかよ。初めてにしては上手うますぎるだろ。良い腕してるな。



彩加N:こういうゲームをやったことがなかったので、新鮮だった。ゲームなんてやってる時間なんかない、そもそもお母さんに見つかったりしたらおおごとだ。音高おんこうに通い、帰宅したらレッスン、それ以外の時間はすべて、曲の時代背景や作曲家についての勉強で潰れる。わたしの人生がピアノで出来ていて、ピアノがわたしの人生だった。



アオ:おっと、もう雨もやんだか。通り雨だったみたいだな。


彩加:はあ……はあ……。


アオ:面白かっただろ?


彩加:……うん。


アオ:お前、名前は? おれはアオっていうんだ。


彩加:……彩加あやか


アオ:アヤカ、また来いよ。おれがもっと色々楽しいこと教えてやる。



彩加N:雨上がりの薄くきりかった森の中へ、少年は姿を消した。青色の帽子をかぶった彼は一体何者なのか、わたしの警戒心の緩さに自分自身で気付きながらも、どうでもいいかと思った。


彩加N:家に帰ったら、お母さんに頬をはたかれた。暴言を浴びせられ、またピアノの前の椅子に座らされる。過疎かそ化の進んだこの街では、夜に多少ピアノの音が響いたところで乗り込んでくるような人はいない。







「さよならカラーズ」






 * * *



彩加N:せみの鳴き声が満遍まんべんなく、絵に描いたような青空を覆いつくす。夏休みとはいえ、お母さんもわたしに付きっ切りではない。昨日のこともあって見張っておきたい様子だったが、あいにく今日はママ友のお茶会があるようだ。わたしに練習の指示を残して、午前中には出掛けて行った。


彩加N:わたしの足は、不思議とまた裏山のほうへ向いていた。今度はロボットの頭の前に、帽子を被った2人の子供の姿が見えた。



アオ:こいつはスミレ。今日は3人で遊ぼう。


スミレ:よろしく。この、すみれ色の帽子が目印ね。


彩加:え、あ、彩加あやかです。よろしくお願い……よ、よろしく。


アオ:よーし、じゃあ早速だが、かくれんぼでいいよな。よし決定!


彩加:3人で!?


アオ:何人でもできるのが、かくれんぼの良いところだ。


彩加:わたし、もう高校生なんだけど……。


アオ:去年は中学生だったろー? 何歳でもできるのが、かくれんぼの良いところだ。いいからいいから、はーいおれ鬼やります!



彩加N:強制的にかくれんぼが始まった。やむをえず、わたしはできるだけ遠くに逃げた。すると、石垣でできた小さな廃墟のような建物を見つけたので、そこに逃げ込む。



スミレ:やあ。(後から来て、顔を覗かせる)


彩加:ひゃっ!? スミレ、さん。


スミレ:ふふ、驚かせてごめん。スミレでいいよ、彩加あやか。ここ日陰になってて涼しいよねーっと、よっこいせ。


彩加:あ、ハイ……。


スミレ:アオが何か脅してるんでしょ? 説得してあげるから、教えてよ。


彩加:え? いっ、いやいや! そんなことないで……ないよ。


スミレ:じゃあどうしてこんな所まで来たの?


彩加:その、楽しいことを教えてやるって、言われて。


スミレ:それでホイホイついてきちゃったの? ぷっ、くくく、あははっ。やばいよ、それは。


彩加:やばい、のかな。


スミレ:まあそのさそい文句もどうかとボクは思うけどね。はあ、相変わらず子供だなぁアオは。でもキミも、やぶさかではなさそうだけどね。


彩加:あ、う。


スミレ:アオから話は聞いた。そりゃもう興奮気味にね。ロボット、操縦してみせたんだって?


彩加:操縦って、ただのゲームで。


スミレ:ボクらにとってあれは、とても大切なものなんだ。


彩加:……なんで?


スミレ:備えてるんだよ。


彩加:スミレたちは一体、なにをしているの?


スミレ:ボクはまだ、疑ってるよ。キミのこと。


彩加:疑うって、なにを。


スミレ:ここに迷い込むなんて、そうあることじゃない。大人にだってあのロボットは見つかっていない。キミはこの空域にどうやって忍び込んできたんだい?


彩加:べ、別になにもっ。ただ歩いてたらたどり着いただけで。おばあちゃんからイノシシがいるとは聞いてたけど、まさかあんな……。


スミレ:ふうん。けど、イノシシって?


彩加:その、注意されてたの、この裏山には近づくなって。


スミレ:それで近づいたんだ。悪い子だねぇ。


彩加:あうぅ……。


スミレ:……分かった。死にに来たんだ?


彩加:え、どうしてそうなるの……?


スミレ:あわよくば、イノシシにかれて崖をごろごろー……と。


彩加:そ、そんなわけない! 発想が突飛すぎるよ!


スミレ:でも――キミの目、死んでるよ。


(間)


アオ:みーっつっけた!!


彩加:ひゃあっ!?


アオ:おいおい、2人一緒のところだと探し甲斐がいがねーだろ。


スミレ:もうちょっと涼んでいたかったなー。


アオ:おいこら。


彩加:ご、ごめんなさい。


アオ:ったく。……よくわかんねーけど、話せたか、スミレ?


スミレ:うん。


彩加:二人は……あ、えっと。二人は、どういう関係なの?


アオ:二人というか……お、ちょうど帰ってきたな。



彩加N:ぞろぞろと、荷物を抱えた少年少女たちが、森の奥から姿を現した。みんな各々に、色のついた帽子を被っていた。こうしてアオたちと合わせて並べてみると、まるで虹のようだった。



アオ:右から、アンズ、ミドリ、ヤマブキ、アカネ、アイだ。ちょっと買い出しに行ってもらってたんだ。ここと、裏にある廃墟は、おれたちのアジトだ。


彩加:アジトって……あなたたちは、一体何者なんですか?


アオ:おれたちは『カラーズ』! きたるべき日のために、あのロボットを守る仲間だ!



* * *



彩加N:それからというもの、この夏休み、わたしはよくレッスンを抜け出して、裏山のロボットにやってきていた。ピアノなんて嫌いだ。ずっとあんな部屋で閉じこもって、お母さんの怒声を浴びながら、練習なんてしていられない。いまはそんなものより楽しいことが、裏山にいけばあるのだから。


彩加N:カラーズのみんなは優しかった。アオみたいにぶっきらぼうな人もいれば、スミレみたいに何考えてるかわかんない人もいるし、ずっと黙ってる人もいる。だけどみんな、ここでの時間を楽しく過ごしているのは、間違いなかった。


彩加N:アオがリーダーらしく、わたしは彼に色々といた。



アオ:あん? カラーズの名前の由来? ふふーん、どういう意味だと思う。


彩加:それをこっちが質問してるんだけど。


アオ:みんなの帽子の色を見てみな。


彩加:カラフルだけど……え、まさか本当にそういうこと?


アオ:案外物事ってのは単純なもんだ。


彩加:へえー。


アオ:ハイ嘘ー! まったく別の意味でえーっす!


彩加:……あれ、なんか、自然とこぶしに力が……。


アオ:はっはっは、いずれ分かるさ!



彩加N:――またある日は。



彩加:アオたちって寝泊まりはどうしてるの? まさかあの廃墟じゃないよね。


アオ:個人情報保護法バリアー!


彩加:アオって、本当にわたしと同じ年齢?



彩加N:いてみるものの、はぐらかされることのほうが多かったが、わたしは気にしなかった。またある日、今度は質問の相手を変えてみた。



彩加:スミレは、普段なにしてるの?


スミレ:んー? 日中はここでぶらぶらしてるけど、夜はほとんどバイトかなー。あ、年齢偽ってるのは内緒ね。


彩加:じゃあいつ寝てるのよ……。




彩加N:けばくほど、彼らの実態は謎を極めた。そして相手の内心を探れば、こちらも探り返されるのは当たり前だった。


彩加N:あらゆる方面から、質問攻めにあった。学校でのことや、趣味、好物、スリーサイズ……最後のはアオの悪ふざけだが。


彩加N:色んなことを聞かれたが、正直、そこまで嫌ではなかった。不思議な感覚だった。普段わたしに興味を持つ人間など、いままでいなかったからだろうか。


彩加N:上っ面だけのなれ合い、それが私の高校生活……いや、これまでの学校生活だった。もしかしたら家の中でもそうかもしれない。でも唯一、おばあちゃんだけはわたしの味方だった。お母さんは厳しいけれど、おばあちゃんはわたしをいつくしむ眼で優しく包んでくれる。発する言葉、かもし出す雰囲気から、おばあちゃんの周りだけが時の流れを忘れさせてくれる。一方で、ピアノの部屋だけは駄目だ。入っただけでお母さんの叱責しっせきが耳元で再現される。肩のあたりがむず痒くなり、勝手に汗が垂れる。でもピアノをはじく指だけは動いてくれた。動いてくれなきゃ困る。また暴言と暴力が覆いかぶさってくるのだから。




アオ:お前って、ピアノ上手いの?


彩加:……前に、全然って答えたよね。


アオ:おっと、そう怒るなよ。悪かった。でもさ、よかったら聴かせて欲しいな。つーか聴いてみたい。


彩加:嫌だよ。


アオ:お願い! どーか!


彩加:でもピアノもないし。


アオ:ピアノがあればいいのか。


彩加:え? ちょ、なに。なにするつもり?


アオ:まあまあ、来週あたりを楽しみにしておけよ。



彩加N:わたしは気が気でなかった。でも、強く止められないわたしが、心の中にいた。なぜだろうか?


彩加N:そしてまたある日は、夜中の集会だった。家で寝たフリをして、窓からこっそりと外へ這い出る。忍び足から駆け足にかわっていく頃には、あたしの顔は綻(ほころ)びまくっていたことだろう。



アオ:さあ、今日は花火大会だ! でもあんま音するのは買ってきてないからな、そこは勘弁してくれ。


彩加:ううん、いいよ。あたし、花火やるなんて人生で初めて。


スミレ:ほら、彩加あやかのぶん。火をつけたら、それをアンズたちにも回してやって。そう、バケツリレーみたいにね。


彩加:すごい、綺麗……! ねえ、アオ! 見てみて!


アオ:おいこら、あぶねえって! くっそ、やったなー!


彩加:あははははっ!


スミレ:まったく、子供なんだからさ。



彩加N:こんなに羽目を外したのはいつぶりだろう。初めてかもしれないと思ったが、違った。そうだ。初めてのコンクールで、難しい曲を弾いて、満足のいく演奏ができて、それで――。



彩加:……ふぅ。


スミレ:ん、終わり?


彩加:うん、終わっちゃった。それ貰っていいかな?


スミレ:線香花火。ちょっと早いけど、ボクたちだけでやっちゃおうか。


彩加:うん。



彩加N:夏はまだ、始まったばかりだ。



 * * *



彩加N:アオの予告からちょうど、1週間後のことだった。



アオ:どうよ!


彩加:え……ちょっと、一体どうしたの?


アオ:おれらの中にリサイクル店の知り合いがいてさ。借りたんだ、ピアノ。でけえだろ、って言っても、見慣れてるだろうけど。


彩加:見慣れてるっていっても、まさかこんな、森の中で見ることになるとは思わなかったし。それに、朽ちたロボットの頭が背景なんて。


アオ:ミスマッチだろ。それで、だ。その~、弾いてもらえると、嬉しいんだが。


彩加:…………。


アオ:…………だめ、かな?


彩加:(ため息)……分かった。


アオ:よし! おーい、みんな集まれ。アヤカのスペシャルコンサートだ!


彩加:ちょっと!


アオ:お、一度オーケーしたからにはきっちりしてもらうぜ。


彩加:まったく……下手したてに出たなと思えばこれなのね。


アオ:どきどき。


彩加:……。なにか、リクエストはあったりする?


アオ:はいはい! エヴァ!


彩加:エヴァね……。


アオ:え、マジ、弾けるの。


彩加:曲をあさってばかりだったから。



彩加N:わたしは鍵盤けんばんをいくつか押し下げて、音のチェックをする。すごい。調律も終わっている。どんなルートで、しかもこんな森の中までどうやって。


彩加N:――いや、いまはそんな無粋ぶすい勘繰かんぐりはやめだ。目の前のピアノを信じて、演奏を待つ客に真摯しんしな感謝の気持ちを届けるだけ。



彩加:すうー……。はあー……。



彩加N:それから、わたしは彼の男心をくすぶる神秘の曲を演奏した。人前でピアノを奏でるのは久しぶりだった。ここしばらくはずっと、自分とお母さんだけが拝聴者はいちょうしゃで、そこにお客の役割はない。


彩加N:いまは、違う。気付けば、リクエストした彼だけではない、カラーズのみんなが、わたしの演奏にっていた。ああ、楽しい。ピアノを弾くのが楽しいと、今でも思うことができるなんて。


彩加N:そして、最後の一音を弾き終わる――と同時。



アオ・スミレ:(拍手)


彩加:はあ……はあ……。


アオ:すげえ、すげえよアヤカ! お前プロなの!?


彩加:違うよ、ただの学生だって。


スミレ:でも、凄い、熱が伝わってくる感覚。なかなか聴けない演奏だったよ。ブラボーだ。


アオ:な、そうだろ、スミレ! いやまじびびった、お前、すげーんだな!


彩加:そんな、あはは……はは。


スミレ:……! 彩加あやか……。


アオ:……お、おい、どうしたんだ。


彩加:ん? なに? ……ずずっ、あれ?(涙がこぼれる)


アオ:お前……。


彩加:どうして。なんで? ごめん。……わ、わたし、もう、ピアノが嫌いだって、思ってて。厳しい練習も、勉強も、したくないって、思って。だけど、すごい怒られるから、わたしにはこれしかないから、やらなきゃいけなくて。


アオ:……ああ、言ってたな。


彩加:ごめんほんと……。でも、わたし、やっぱりっ! ピアノがっ、好きなの……! ピアノ好きなの!!


アオ:ああ。そうなんだな。伝わったよ、お前の想いは。



彩加N:いつの間にか、わたしの周りにはカラーズのみんながいて、わたしが中心で、みんなで抱き合っていた。それはとても静かで、だからこの森にはわたしのすすり泣く声だけが落とされた。



 * * * 



彩加N:それから3日後。あんな醜態を晒しておいて、どんな顔で会えばいいのか分からないまま、わたしはまた裏山のロボットに来ていた。まだピアノはロボットの頭の前に置いてあった。雨が降らなくてよかった。そして、ロボットの頭の上でスミレが黄昏たそがれていたので、わたしは隣にお邪魔した。


スミレ:ん、彩加あやか


彩加:どうしたの?


スミレ:夏ももう終わるなあって。


彩加:え? なんで、まだ8月の真ん中だよ。


スミレ:季節は、人が決めるのと、地球の公転が決めるのと、どっちだと思う?


彩加:え、と……公転じゃないかな。


スミレ:ううん、人が決めるんだよ。


彩加:ええ? もう、どっちでもいいよ~。


スミレ:どっちでもよくないのさ。


彩加:……え?


スミレ:ボクは男だと思う? 女だと思う?


彩加:それはもちろん――


スミレ:(遮って)低くて野太い声だったら男? 高くてか細い声だったら女? いいや、違う可能性だってあるよね。世の中には、いろんな人がいるんだから。


彩加:……。


スミレ:でもね、結局のところ、これに関してはどっちでもいいんだ。ボクが男でも女でも、カラーズのみんなのために生きて、役目を果たすってことだけは変わらない。


彩加:ど、どういうこと?


スミレ:この世にはどっちでもいい事と、よくない事があるんだ。


彩加:その、どっちでもよくない事って。


スミレ:選ばなきゃいけない事さ。――8月20日、午前0時。キミにも一応、伝えておく。


彩加:それって、もしかして、例の『きたるべき日』……!?


スミレ:アオは悩んでいる。当初は、キミも連れていく予定だった。


彩加:連れていくって……どこに……?


スミレ:…………。(空を見上げる)


彩加:どこを見て……もしかして、宇宙? ど、どうやって……!


スミレ:このロボットは、宇宙船になる。


彩加:これが……。こんなに、ボロボロなのに。


スミレ:見かけはね。機能はこの国の技術を凌駕りょうがするよ。……燃料と部品集めも目途めどがついたんだ。でもアオがらしくないことしちゃってね。いや、らしいといえばらしいか。まったく関係ないピアノまで大人数おおにんずうで持ってきて、それでキミは演奏した。でもキミは、自分の気持ちに気付いてしまって、それをアオも気づいてしまった。


彩加:……!


スミレ:せいぜい考えてくれ。これは、選ばなきゃいけない事だ。



* * *




彩加N:通告のあった8月20日の――前日。とはいえ、決行が0時なのだから、予定時間まであと7時間は切っていた。


彩加N:わたしは家で、お母さんからピアノのレッスンを受けている真っ最中だった。でもまったく集中できない。頭の中は、カラーズのみんなのことでいっぱいだ。みんながいなくなってしまったら、わたしは一体、どこへ行けばいいというのだろう。


彩加N:集中を乱していると、頭上に丸めた教科書が落ちてきた。同時にお母さんの怒鳴り声。相変わらず何を言っているのか意味不明だった。指を動かすのは作業だ。お母さんに頭を下げるのは反射だ。なにも感じられない。裏山で弾いたピアノは、とても心地よかったというのに。


彩加N:ああ、そうだ。裏山へ行こう。



(間)



アオ:まずい。……まずいまずいまずい!


スミレ:だからあんな無茶はするなと! ピアノなんか盗んで、足がついたらって!


アオ:でもさ、聴けて良かっただろう! あいつも、弾けて、良かったと思うんだ……!


スミレ:……まったく。店主と、警官も数人向かって来てるんだったよね。……ミドリ、ヤマブキ! 大至急準備だ、0時は待ってられない。まだ少し明るいが、出発する。


彩加:アオ……? スミレ……? どうしたの、この騒ぎ。


アオ:アヤカ……! これは、その。


スミレ:決行は前倒しだよ。大人たちにこのロボットが見つかりそうになっている。見つかってしまったら、余計に人を呼ばれて、機械をいじられて……その可能性を考えると、延期は無理だ。


彩加:出発、するの?


スミレ:うん。資材が間に合ってるのだけはラッキーだった。


彩加:わたしも、連れてってくれる?


スミレ:え……!?


アオ:アヤカ!? お前……。


彩加:わたし、わかんなくなっちゃった。ピアノは好きだけど、練習は嫌い。でもやっぱり、カラーズのみんなと離れたくない。……どうしたら、いいの?


スミレ:おい、しっかりしろ! 前もって教えていただろ!


彩加:ぜんぜん遅いよ。決められないよ。ねえ、みんなが決めて。


スミレ:なに言ってるんだ……!


彩加:教えて。教えてよ。……わたしは、どうしたらいいの? わたし、わたし……。


アオ:(ばちん!! と彩加の頬に平手打ちをする)


彩加:……。


アオ:しっかりするんだ、アヤカ。……スミレ、少しだけここを頼む。


スミレ:……わかった。



* * *



彩加N:わたしとアオは、かくれんぼの時にわたしが隠れた廃墟まで歩いた。そこで彼は立ち止まって、わたしに向かって頭を下げる。


アオ:手を出して、すまなかった。


彩加:ううん。大丈夫。こっちこそ、ごめん。


アオ:前に、きいてきたよな、カラーズの名前の由来だっけか。


彩加:うん。


アオ:あれはさ、おれがこの惑星ほしでハマッた漫画に出てくる集団から取ったんだ。ただそれだけなんだよ。


彩加:そうだったんだ。なんだ、やっぱり単純じゃん。


アオ:そう、単純なのさ。


彩加:…………。


アオ:おれは……カラーズのみんなを、故郷に無事にかえす。それがおれの役目だ。


彩加:故郷……それはきっと、遠いんだね。


アオ:ああ。でも中継基地はいくつかある、なんとかやるさ。おれの、命にかえても。


彩加:すごいね、アオは。


アオ:アヤカ、すごいのはお前もだ。


彩加:わ、たし……も?


アオ:あんなに、みんなに感動を与えられるなんて、凡人なはずがない。キミが、どれだけ努力をしてきて、どれだけ熱中して、どれだけ好きか、よくわかったよ。気付いてたか? お前、ピアノ弾いているとき、すげー笑ってたぜ。


彩加:え……?


アオ:迷うのは分かる。お前が思っている通り、おれたちの帰る故郷にはピアノなんて文化はない。おれがお前のその後の人生を保証できるかなんて、わかりはしない。


彩加:……うん。


アオ:だがな、誇りを持て! お前には、武器がある。自分の道を切りひらく力がある。アヤカには、自分の道を選ぶ力がある。短い付き合いだったけど、これだけはおれが保証できる。


彩加:うん。


アオ:お前はもう、わかっているはずだ。ひとに決められた道は、絶対に後悔する。心に正直でいろ。


彩加:心に、正直に……ふっ、あはっ。変なの……。


アオ:なんだよ、やっと笑ってくれたな。


彩加:そんな、馬鹿のアオからそんなセリフが出るなんて。


アオ:お前……! まあ、いい。それで、こういう話をしたあとになんだが。


彩加:うん?


アオ:………………お、おれは。お前に、一緒に来て欲しいと心の底から願っている。さっき言ったように、おれの故郷で、お前が幸せになれるか保証はできない。でっ、でも、保証できるように、おれが頑張る!!


彩加:…………えっ、と?


アオ:だからっ、その、お前に選んで欲しい。


彩加:…………。


アオ:う、ああもう! さっさと決めてくれ! 恥ずいだろうが! 出発もしちまうし……。


彩加:……ふふっ。ありがとう、アオ。


アオ:え?


彩加:わたし――


スミレ:(割り込んで)アオ! もう行くぞ!! 時間がない!


アオ:スミレ……。


スミレ:……彩加あやか。ボクはね、キミが嫌いだったよ。ボクたちの中に急に混ざってきてさ。うじうじして、臆病で、ボクたちより世間知らずで。この人間には一体何ができるんだろうって。


彩加:……うん。


スミレ:でも途中から、そんなことどうでもよくなって。花火も綺麗で、楽しかったよね。演奏を聴いたときなんか、もう、言葉が選べなかったよ。――そしていま。どうしてこんなに、胸が痛んだろうね? これは、悲しいのかな、それとも辛いのかな。(瞳に涙を浮かべる)


彩加:それはきっと……どっちでもいい事、なんじゃないかな。


スミレ:ははっ、確かに……そうかもね。言うようになったじゃん。(涙を拭う)


彩加:――わたし、ここに残るよ。


アオ・スミレ:……!


彩加:わたしは、ピアノが好き。大好き。弾いてる最中の熱狂も、美しい音色も、弾き終わったあとの観衆の称賛しょうさんも。ショパンもベートーヴェンも尊敬してる。この先待ち構えているのは、きっと辛いことのほうが多いけど、わたし、戦っていくよ。二人の……ううん、カラーズのみんなのおかげで、わかったんだ。


アオ:……そうか。じゃあ、ここでお別れだ。


彩加:うん。


アオ:アヤカ、今までありがとう。


彩加:うん。


スミレ:ありがとう、彩加あやか……。


彩加:うん。二人とも、元気でね。ありがとう。




彩加N:そうして二人は、森の中へと消えていった。



彩加N:ロボットが起動を始める。これだけ離れたところでも、耳をつんざく爆音が届いてくる。わたしは爆風から逃れるために、廃墟の中に身を隠した。



彩加N:地震のような衝撃。そして、轟音ごうおん。熱波が通り過ぎると、わたしは廃墟の隙間から空を見上げた。



彩加N:星の海へ旅立つ、一筋の閃光がきらめいていた。






彩加N:次の日、ニュースでは昨夜の局地的な地震と、山奥で見つかった隕石の墜落したあとのようなものについて報道されていた。本当は真逆の方向なのに、ニュースキャスターが自信満々に言うので思わず笑ってしまった。


彩加N:今日もレッスンがある。でももう、泣かないと決めた。


彩加N:このひと夏の記憶は、ずっと忘れない。



彩加:さよなら、アオ、スミレ、カラーズのみんな。またどこかで会おうね。







さよならカラーズ 了

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