第4話 丹緋ボアネは危機感を抱く

『──転校してきた、純妙逸成です。よろしくお願いします』


 始業式にその姿を見たとき、そして名前を聞いたとき、僕の全身に衝撃が走った。

 純妙逸成……それは僕の親友であり、幼馴染みでもある男の名前だ。小学校1年の頃から一緒で、6年生の夏に引っ越してしまった彼の名前だ。僕が憎悪している名前だ。そして真魚と《約束》をして、遠くへ行ってしまった彼の名前だ。

 あの点のように目立つ黒髪も鋭さのある黒目も昔と変わっていない。遠くへ行ってしまう前の、《約束》をした頃の姿をそのまま大きくしたようにも思える。

 久々に逸成の姿を見て、あの約束が安堵していた僕だけれど、どことなく不安が芽生えた。


──もし真魚が《約束》を思い出したら


──もし逸成が《約束》を覚えていたら


 これはきっと僕の醜い部分だ。もしかしたら逸成の転入は、恋敵がいなくなって安堵していた僕への罰なのかもしれない。


 自分に嫌気を感じながら真魚と共に部室へ向かっている間に逸成について聞くと、なんと真魚の隣の席になったと言う。

 その時、僕の中に焦りが芽生え、元よりあった逸成への嫉妬心が爆発しそうになった。

 これは浅はかな独占欲の表れだけど、その位置は本当に羨ましくて、正直変わってほしいくらいだ。まあ、僕は別のクラスだし、土台無理な話とはわかっている。

 だから真魚の口から「転入生と上手くやれそうにない」と聞いて少し安堵した。


「──けど、これは私の問題だし、いい機会かなって。自分でどうにかしてみようって思ってる」

「え?」

「私、交友関係狭いし、先生がそれを案じてくれたんじゃないかな」


 自虐的な笑みを浮かべて真魚はそんなことを言う。確かに真魚の交友関係はお世辞にも広いとは言えない。狭いほうだとは僕も思っていたけれど、そうでもいいんじゃないかと思ってる。

 けれど友人というのは、時に自分の世界観を変えてくれる新しい風をもたらす素晴らしい存在でもあるわけで──


「……そうだね。応援してるよ」

「ありがとう」


 気がつけば言葉は漏れていて、真魚は嬉しそうに微笑みを浮かべていた。その様子に少しだけ、後悔の念が生じる。

 けれどきっと、これは契機なんだ。僕の意地エゴで横槍を入れてはいけない、他ならぬ真魚の契機なのだ。これを止めたらきっと僕は歓喜する以上に後悔する。そうわかってるから止められない。


「(ホント、昔からキミは凄いね。逸成)」


 新しい風を真魚にもたらし、新たな一歩を踏み出させたのは逸成だ。彼はまた、僕と真魚を新しい風で後押ししたのだ。

 けれどね、逸成──


「? どうしたのボアネ」

「なんでもないよ」

「??」


 ぼうっと突っ立っていた僕に疑念を抱いたらしい真魚に問われて、僕は開けられている部室へと入っていく。

 どうせ今日は新入生勧誘についての最終調整についてくらいで、すぐに帰れるだろう。そう踏んで、僕は近くの席に座って先ほどの思考の続きに沈む。


 ──いくら風をもたらしてくれても、僕らには道標がないと駄目なんだよ。逸成。

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