第41話、基本的に無抵抗で、何だかんだで逃げるばかりなのが譲れぬ矜持




『吟也さん……悪趣味ですよ』

「ふははは。褒め言葉と受け取っておこう、優しさだけじゃ癒せない痛みもあるってな」



その頃、本物の僕と詩奈は。

さっさと目的地に向けて歩みを進めていた。

その手には、二画面に分かれた、どこか違う場所の映像が映し出されている。

そこには、悲鳴を上げて鉛色のスライムっぽいもの(勿論無害)をもろかぶりのヒロと、言葉を失って立ち尽くす、またもやスライムまみれのセツナの姿がある。


確かにシュミがよろしくないかもしれないが、

ここまでしなければ二人を突破できなかっただろう、と言う点も加味してもらいたいね、なんて思ったり。



「だがっ。ぐへっ……んにゃろぅ、思い切りぶんなぐりよって、ヒロさんめぇ」


お腹の辺りを押さえながら、思わずついて出るのはそんな泣き言。

そもそもどうやって僕はあの場を突破したのか……真相はこうだ。


自分の身体が、比喩でもなんでもなく赤く光っていること。

ターゲットとしてマーキングされていたことにはっきりと気付いたのは、実は一旦自室に緊急避難したときだった。


自室に戻って調べたかったもう一つのこととはすなわちそのことで。

今回はそれをまんまと利用したのが突破できた理由の一つでもある。

それから、僕は……長釘から生まれし九十九神の姉妹の力を借りて、自らの身代わりを作り出す《型代(ネイル・ドーンズ)》の能力を発動したのだが。


僕はその内の一体に赤く輝く身体すらも再現させ、僕自身はそれ以外の一体……大食漢な僕の中に包まれるようにして隠れていたのだ。

やられるフリをしてホントにやられてしまったらどうしようという不安もあったが。あれでも言うほど本気ではなかったのだろう。


特にヒロは、本当の得物であるばかでかい斧とかメリケンサックとか持っていなかったし。

まあようは何が言いたいのかというと。

大分芯まで響くパンチがしんどかったが、こうして全ての身代わりたちに取り付けておいた視界型カメラで、おめおめと逃走をしながら一部始終を見ていたわけである。


だけど。



『大丈夫ですか? 騙しただなんて分かったら、後で酷い目にあうかもですよ? 少なくともわたしなら滅殺ものです。乙女心は傷つきやすいんですからね』

「う。そんなん頭になかった……」


ひょっとしたら自分はとっても愚かなことをしてしまったのかもしれない。

だが、それに気づくにはちょっと遅すぎたんだろう。

結局、僕自身もそれほど余裕がなかったということで。

そう呟いても、後の祭りであるのには、言うまでもないのだった……。





それから。

気を休める暇もなく僕たちは進み。

最終目的地である区画へ行くためには必ず通らなければならない建物を区切る門扉のあるところまで来ていた。

そこは、詩奈が襲撃を受けた場所であり、僕自身が相手ならば必ず何かを仕掛けるだろうと考える場所でもある。



そして案の定。

僕にとって避けがたい存在は、そこにいた。



「ふ、ふぇーん。そ、そこのきれいなお姉さ~ん。罠にかかっちゃって、い、いたいですぅ。助けてくださいーっ」


動物か何かを捕らえるぎざぎざしたいかにも典型的な罠……トラバサミに挟まれ、泣きながら座り込んでいる少女。

それは、隣のクラスの安中榛名尹沙(あんなかはるな・ゆさ)だった。

元々カールして、綺麗に纏められている灰色の髪も、抜け出そうとして暴れたせいなのか乱れており、同じ色の瞳は涙で溢れている。


その罠は血がにじみ出るほどに尹沙の足に食い込んでしまっており、確かに痛そうだった。



「待ってろやはるなゆ。今助けたるでっ」


僕はユサに向かって、有無を言わさず駆け寄っていく。


『吟也さんっ、ちょっと待って! どう見ても罠じゃないですかっ?』


それを見た詩奈の、当然すぎるお言葉。

僕はそれに答えるよりも早く、さっと取り出しのはスパナと先ほども使った長い釘。

そして、そのまましゃがみ込むと、器用に罠のねじの間に滑り込ませ、外しにかかった。


「もうちっと我慢してくれな。……すぐに外したるから」


僕は罠に視線を落としたままで、そう呟く。

だから、その時僕を見下すように愉悦の笑みを浮かべるユサがいたなんて、たぶんきっと気付きようもなかったんだけど。



「……心配しなくてもいいわ。これはダミーだから」


ユサのそんなセリフとともに、僕の背後から弧を描いて地面からせり出してきたのは……極限まで薄く伸ばされた鋭い刃が、一連に連なったもの。

それは、完璧に避けられない、まさにそんなタイミングであったが。



「いや……うん。そんなことは百も承知やで」


ぽつりと言ったその言葉は、詩奈とユサの両方のセリフに答えたものだった。

故に、背後を振り向くよりも早く。

僕の背中から生えた虹色の翼がことごとくその刃をはじき返す。



「くっ!」


初太刀の一手を潰されたと悟ったらしいユサは。

先程までの演技はどこへやら、ろくに怪我一つしていない足で地を蹴って、改めて僕との間をとった。



「さすがね! ここまでくるだけあるじゃん!」

「残念ながらな。あんさんが暗器使いなのは知っとったからな。……このくらいはできてしかるべきや思うねん」

『それじゃ、罠だと分かってて、どうして近付いたんです?』


得意そうにそう言う僕に、詩奈がそんな疑問を投げかけるのは当然のことだっただろう。


「ならどうしてわざわざ引っかかったフリなんてしたのよぅ?」


同じようなユサの言葉も含めて、僕は得意げに答えてやった。


「……そこに泣いとる女の子がおったなら、その涙ぬぐうてやるんが男ってもんやろ。たといそれが演技でも嘘でもな」


それは端から見ればとても愚かなことのようにも思えるかもしれない。

だけど、僕はどこまでも本気だった。


だってそれは。

このジャスポースに来てより大きく強固なものとなった、僕の信念だったから……。



            (第42話につづく)






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