第27話、こっちにきて忘れそうになるくらいに使ってなかったから、未だ心目覚めず



僕は、彼女が名前などの素性を覚えていないのではなく。

言えない理由でもあるんじゃないか、なんて思っていて。

それならそれで仕方がないとばかりに、話題を変える意味も込めて明るく言葉を続けた。



「さよか。そんならこれから名前を呼ぶ時にちょっと面倒やなあ。そや、暫定で僕が名前つけるっての……どうや?」

『えっ?』


すると、大分驚いた様子を見せる少女。

まさかそう言われると思っていなかったのか、それから言葉もない。


「……いややった? ま、何サマのつもりやねんって感じはしなくもないねんけど」『あ、いえ。その……お願いします』


さらにおどけて僕がそう言うと。

折れたのか、それでかまわないのか。

何だかちょっと恥ずかしそうに少女はそう答える。

僕は、それに満足げに頷いて。



「それじゃあ、そうやな。……詩奈(しいな)っちゅーのは、どうや?」


ほんの僅かばかり考えた後、そう言ってみせる。



『……しいな、ですか?』

「そや、僕とウタ関連でおそろいやねん」

『はい、とってもいい響きの名前ですね。ありがとうございます。あ、でも、あんまり考えずに出てきたみたいですけど、もしかして最初から決めてたなんてこと、ないですよね?』


まるでそんなことが過去にあったとでも言いそうな雰囲気で、そんな事を聞いてくる彼女。



「まさか。……んとな、確かひいばあちゃんの名前やねん」

『わ、ひどいです』

「ひどいって、うちのひいばあちゃんに失礼やろ」

『あ、別にそんなつもりじゃ』


名前をお互いに把握したせいなのか。

くだけた様子でそんなやり取りを交わす。

早くも会ったばかりには見えないような、そんな雰囲気すら感じられて。



「ま、ええわ。僕のことは名字でも名前でも好きに呼んでくれたらいいで」

『はい、わかりました。ぎ、吟也さん』


やっぱりちょっと恥ずかしそうに、僕の名前を呼ぶ……詩奈。

なんとなく、こういったやり取りに慣れていないような、人見知りするタイプなのかな、なんてことを僕は思う。



「……ほなら、行くで、詩奈。まずはそうやな、何とかして記憶を取り戻す方法考えよか。ちょっといいアテがあんねん」

『はいっ』


だけど、嬉しそうに頷いてくれるのがなんだかこそばゆくて。

今どんな顔をしているだろう?

そんな顔を見られないですんだのはよかったかな、なんて思いつつ。

僕は異世製のトレーニングルームを後にしたのだった……。




ジャスポース学園。

それは、サウザン・ロマンティカが世界の平和と安穏を守りし勇なるもの、英雄を育成する学園である。

現世とあの世の境にそれは存在し、清く正しい心の育成から始まって、古今東西に溢れる、あらゆる救うための『力』を、教義と実践を交えて学ぶことのできる、まるで一つの夢の形を体現したような理想郷、であった。


現在その生徒数は百名あまり。

教師は二つに分かれるクラスそれぞれの担任に加え、元々はやおろずの神の癒しの地として根を張る、学院を囲むようにして広がる、ジャスポースの街の住人全てである。


僕は、その守り支えられて成り立っている学院の中央にある通りを、のんびりと歩いていた。

その光景は、当然詩奈の視界にも入っているだろう。

昨日も見た、赤煉瓦の建物に両脇を囲まれ、上空には青空を覆う入道雲。

歩く、赤茶色のインターロッキングの通路の縁には、綿飴のように刈られた植樹帯が見えた。



『あの、それで吟也さん。これからどこへ向かうんですか?』

「ああ、それなんやけど……って、ちょっと待っといて」


僕は詩奈の言葉に愛想良く答えかけ、はたと思い直し、制服のポケットをあさる。そこからすぐに取り出したのは、このファンタジーな世界では際立って見える携帯電話だった。それをおもむろに僕は自らの耳に当てた。


「よっしゃ、これでOKやで。しゃべってもええよ」

『携帯? えっと、それって……?』

「ああ、外歩くときは、こうやって携帯で話しとるふりしながら詩奈と会話してほうがええと思てな。何か詩奈のこと狙っとるやつもおるみたいやし、なるべく怪しまれるような行動はしないほうが得策やと思たんや」


それは……部屋を出る時に、トレーニングルームから出てきて、すぐに起きていたカインと会話をして気づいたことでもあった。

普通にそこに詩奈がいるつもりで会話をしていたら、お前、やっぱ無理してるんじゃねえのかと、心配されてしまって。

その場は何とか誤魔化して出てきたのだが、同室でいろいろ秘密を知っている(トレーニングルームのこととか)カインならともかく、あまり外で詩奈の存在がわれるような行動はすべきではない、と思ったのだ。


本当なら心と心で会話、なんていう便利でこ洒落たことができればよかったんだけど。

僕の身体の中にいても、お互いの意識は完全に切り離されているらしく、それは叶わなかったため、こうしてあまり違和感のなさそうな代替案を考えたわけなのだ。



『言われてみればそうですよね、すみません』

「いや、ええって。話さな不安になる気持ち分かるもん。それに、詩奈の声、僕かなり好きやからどんどんしゃべってくれてかまへんよ」


恐縮した様子で謝る詩奈に、僕はおちゃらけフォローするように、そんな事を言う。 


『あぅ。その、ありがとう……ございます』


案の定詩奈は戸惑ったように、照れた様子でそう答えた。

何だか赤くなっている様子が浮かぶようで、微笑ましくて。


「あ、そんで、これから行く場所のことやけどね、これからちょっと食堂向かお、思うねん。そこに、いろんな魔法効果のある料理を作る子がおってな、サマルェっていうんやけど、彼女なら詩奈の失った記憶を取り戻すようなもん、知っとるって思たんよ」

『魔法の料理ですか。なんだか凄いですね。ファンタジーの世界みたいです』


そのまま話題を戻すように、僕がそう言うと。

詩奈は何だかとても感心したようにそんな事を言った。


「みたい、やなく、まんまそうなんやけどな。今の僕と詩奈の状況も含めてさ」

『くすっ、そうでした』


楽しそうに笑う詩奈。

僕もそれにつられて笑みを浮かべながら。

目的地の食堂を目指す。



だが、のんびりとしていられたのはこの時だけだった。

その時僕はまだ、その穏やかな空気を脅かす暗躍せし計画が立てられていることに、気付いていなかったんだ……。



              (第28話につづく)






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