第14話、愛なき過保護に、どうしようもなく怒り覚えて覚醒す
―――気が付くと、そこはどこか知らない部屋だった。
何かの実験室のような、トレーニングルームのような……そんな部屋。
試験中だったはずなのに、ここはどこなんだろうって考えていると。
自分が仰向けに倒れていて、少し高い天井から降り注ぐ、青白いライトに照らされているのが分かった。
それなのに、何だかふわふわとしていてさっきまでいたはずの擬似世界のような……現実感の伴わない感覚がそこにある。
僕は起き上がろうとして、体が全く動かないことに気が付いた。
何かに縛られているのだろうかと思い、視線を自分の身体に落として。
「な、何や……これはっ? ぐぅっ……ぐわあああああああああっ!」
僕は悲鳴を上げた。
両手両足が、そこにはなかった。
最初からそこにはなかったかのように。
そう自覚したとたん、ショック死してしまいそうな激烈な痛みが暴れだしたように僕を襲う。
「ぐっ……ぐぅ……ぐああぁっ」
出来ることはただ呻く事だけ。
早くラクにして欲しいとひたすら祈ることだけだった……。
どうして、こんなことをするんだろう?
こんなにも苦しんでいるのに。
何も出来ないで泣いているのに……。
僕が、そんなどうしようもないくらいの虚無と絶望感に包まれた時。
再び世界は一変した。
―――そこは無限の青空の中。
眼下にはとても幸せそうな人々の暮らしが見える。
目の前には、僕を包む絶望と虚無感よりも尚深い、真っ暗な太陽があった。
『つらいか? 逃げ出したいか? それならそれでもいい。お前が逃げれば……世界がむさぼり喰われるだけなのだから……』
どこからともなく聴こえる……ひどく表面的で凍えた声。
そして。
その言葉が終わりの合図であったかのように、黒い太陽は爆発した。
それは、僕を巻き込み、空を巻き込み、大地を焼き尽くす。
一瞬にして、数多の幸せが消えた。
それでも全てを喰い尽くしてしまうまで、虚ろな暗闇の炎は広がっていく。
一つ残らず、地球の細胞の隅々まで闇色に染めようとして。
それは、怖いことだった。
とても怖いことだった。
怖くて怖くて、ここから逃げ出したいのに、永劫ここから逃げることは出来ない。
永遠の苦しみ。まさにそんな表現こそがふさわしくて……。
『この闇を目の当たりにしても、お前はお前自身の使命から……逃げ出すというのか? 思えるのなら逃げ出せばいい。私たちはそんなお前を責めたりしない。私たちはお前だけにこんな苦しみを背負わすことを望んではいない。だから、逃げてくれても構わない。私たちは、お前を愛しているから……』
お前の、好きなようにしていいんだ……。
「……」
霞途切れるようにして、ほとんど聞こえなかった名前を、心打ちで反芻する。
それが、すぅの名前なんだって、僕はどこか確信めいたものを覚えていて。
「すぅ? これはすぅの……夢、なんか?」
夢であるとしても、あまりに辛かった。
現実だったとしたら、許されていいことじゃない。
「なんでや? 何ですぅが……何ですぅがこないな目に遭わなあかんのやっ!」
そう思い、叫んだ瞬間。
僕の意識は底知れない感情に押されるようにして覚醒した……。
目の前には迫り来るレイピア。
ガギイッ!
僕は無意識に持ってきていた道具袋の中からスパナを取り出し、それを受け止めた。
「許せへん……自分が許せへんなあ! この程度の傷でっ、この程度の苦しみで逃げようとしてる……こんなジブンがっ!」
自分が何をすべきなのか。
本当の意味で理解を覚えた時、それは溢れ出す。
その怒りにも似た力は、紅く燃え立ち、僕の身体を包み込む……。
すぅに、アドバイスをもらってからずっと考え続けてきた自分だけの力。
魂こもった『もの』の、声を聞き、存在を感知し、意思を汲むもの。
愛用の長尺スパナの『彼女』は、レイピアを必死で抑えながら、僕に訴え続けていた。
―――『モトカ』の力を、お使いください、と。
それは、彼女の名前。
僕を『たいちょー』と慕う、人ならざるものの願い。
自覚するのは、自分が彼女と同じ人ならざるものであること。
だからこそ、忘れていたものを思い出したかのように。
何の気兼ねもなく繰り出せると確信していた。
後は言の葉に、言霊と呼ばれる力にそれを乗せるだけ……。
「《断鎔(ライズ・リソルーション)》っ!」
僕は言の葉に乗せたその力を、スパナに込める。
それは滑るようにレイピアを撫でつけ、バラバラに分解した。
スパナは、そのまま流れるように……ズブリと、獣人の体内へと潜り込み。
それが、肉片へと分解されるのに。
たいした時間はかからなかっただろう。
(第15話につづく)
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